あかなめ
私の脳内に凄惨な映像が浮かんでいた。栄螺小僧、のっぺらぼう、ろくろ首、くだん、子泣き爺の五妖怪が、自分たちが作り出した血の海に没していた。全滅の風景であった。エイの煮つけの試食をやったところ、肉の中にわずかに残っていた毒が彼らを死に追い込んだのだ。これほどにコブラの毒は凶暴なのである。
無論、以上は私のイメージである。したたかな彼らのことだから、毒抜きに成功し、煮つけを酒肴(さかな)にして、賑やかな酒盛りを楽しんだに違いない。そのような想像を巡らせている内に、何やら腹が減ってきた。コブラの胃袋は強靭なのだ。バスを待っている際に老婆にもらった果実などはとっくに消化済みであった。
今夜は久々に宿に泊まるか。戦士たる私にとって、野営や野宿は業務のひとつであり、それを苦に感じたことは一度もない。むしろ好きなぐらいだ。とは云うものの、たまには、清潔な旅篭や旅館に宿泊し、旨い夕食が食べたい。本当は酒も呑みたいが、あいつを殺すまでは、禁酒を貫くつもりである。酔っ払っているところをあいつに狙われたら、命が危ない。
「姐さん、どちらまで?」
と、声をかけてきたのは、乗客の一、あかなめであった。外見は人間の若者風だが、腰蓑以外の衣装は身に着けておらず、足も裸足である。体色はグレーで、いささか不健康的だ。伸び放題に伸ばした赤髪を背中に垂らし、耳まで裂けた口の中に「大蚯蚓」を連想させる太い舌が不気味に蠢いていた。そのような状態で、よくまともに喋れるものだと感心するが、何かコツがあるのだろう。
「特に決めてはおらん」
というのが、私の答えであった。別段、会話に飢えているわけではないが、私はあかなめと話す気になっていた。退屈しのぎぐらいにはなろうし、貴重な情報を得られるのは、案外こういう場合であることを私は体験的に知っていた。
「姐さん、こちらの方は?」
と云いながら、あかなめが「壺を振る」ジェスチュアを演じた。述べるまでもないが「こちら」とは、ギャンブル(博打)のことである。
「嫌いではない。だが、巧みではない」
「ハハッ。御謙遜を!強い人ほど、そういうことをおっしゃる」
「こんな土地にカジノ(賭場)があるのか?」
「それが、あるんでさ。蝮の親分が仕切る賭場がね。次の次の停留所を下りて、すぐですよ。なんなら、俺が案内しますよ」
私は苦笑しながら「随分親切だな、妖怪」と云った。
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