後篇:蝮屋敷の死闘

 私はバスを待っていた。


 午前は快晴だったが、午後になって、天気が急激に崩れた。土砂降りの雨だ。私は街道を離れ、田園地帯を貫く車道へ向かった。しばらく歩いていると、屋根付きの停留所を視野に捉えた。私はそこに足を進め、腰の愛剣を鞘ごと引き抜くと、古ぼけた長椅子に腰をおろした。雨の勢いが弱まる気配はなかった。

 私は全天候型の戦士である。嵐であろうが、吹雪であろうが、活動の妨げにはならない。豪雨の中でも、平然と歩き続けることができる。傘も合羽も要らぬ。むしろ、雨に当たっていた方が心地好い。そんな私が、歩行を中止して、別の移動手段を探したのには理由がある。


 私が恐れたのは「あいつ」の出現である。雨中であいつと戦うことは絶対に避けねばならない。あいつにとって、雨は最大の味方だからである。最悪の天敵であるあいつに、雨の加勢を得られたら、私の勝ち目は完全に消える。殺され、解体され、そして、食われる。

 私とて、まだ死にたくないし、食べられたくもない。特にあいつに食われるのは嫌だ。あいつと戦う準備が整うまでは「逃げ」に徹するしかない。蛇王の矜持を著しく傷つける行為だが、死んでしまっては、その時点で全てが終わる。私は誇りよりも命の方が大切である。誇りに殉じて、食われるつもりはない。

「……」

 私はあちこちに錆が浮いた時刻表を再度見ていた。予定の時間は過ぎている。しかし、バスは一向に現れぬ。大雑把なものだ。これだから、田舎は困る。代わりに現れたのは、円筒形の篭を背負った老婆であった。右手に番傘を持ち、腰の左に鉄鎌を吊るしていた。作業用の道具であろうが、いざという時は、武器として使えそうな立派な鎌であった。

 蛇頭人身の先客に会(遇)っても、老婆は驚きもせず、会釈を送ってきた。背中の篭を床に置き、私の横に座った。尋常の神経ではない。大した胆力と云えた。余程に「化物慣れ」しているのか、あるいは、彼女自身もモンスターなのか。

「食べるかね?」

 老婆は篭の中の果実を取り出すと、私に差し出した。柑橘系の果物だった。刹那迷ったが、結局受け取った。私は皮も剝かずに口中に放り込んだ。

 皮の苦味の次に、独特の甘味が口内に広がった。なかなかいい味である。この地方の名産だろうか。

「旨いかね?」

 老婆の問いに私は無言で頷く。それを見て、彼女は満足そうに笑った。その口に健康な歯が並んでいた。

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