珍味

 闘争の終結を、私は本能的に感じていた。トビウオバイオレンスに次ぐ、第三のバイオレンスの登場は、どうやらなさそうであった。刀身に絡みついた血の糸を懐紙で拭い去ると、私は大蛇丸を鞘におさめた。その際に「かちん」という鍔鳴りの音がした。

 仮に歪みや痛みが生じていたとしても、次の戦闘までには「自動修復」されるのが、大蛇丸最大の特徴である。まさに魔剣と云えた。

 キメラ対キメラの激突の場所となった児童公園は凄惨な有様を呈していた。エイとトビウオの死体から流れ出す血液と体液が猛烈な臭気を放っていた。

「迷惑をかけたな、妖怪」

 それは、栄螺小僧に向けた私の台詞であった。本当は「迷惑をかけた」などとは思ってもいないのだが、こういう時はこういうことを云うものだと、私は経験的に知っていた。

 トビウオの胸鰭にサザエ帽子の上半分を切り飛ばされたものの、小僧自身にダメージはなかった。それについて、いかなる感情も湧いてこなかった。が、そんなことをわざわざ口にする必要性はない。私は黙っていた。

 抜けていた腰が元通りになったらしい。栄螺小僧は立ち上がりざまに、ひょこひょこと私の方に歩み寄ってきた。


 血まみれの児童公園に、私は佇んでいた。私一人だ。栄螺小僧と腕白たちは公園を出ていた。自分が行くべきところへ向かっている筈である。

「……」

 佇むことに飽きた私は、エイバイオレンスの死骸に近づき、しゃがみざまに、右手の指先に生えた刃物状の爪を使って、いわゆる「エイ肝」を摘出した。

 私の爪はなかなか便利である。鋭さに加えて、頑丈で強い。護身用の武器としても使えるし、野宿の際には、包丁の代わりにもなる。たとえ折れたとしても、新しい爪がすぐに生えてくる仕掛けだ。

 歯牙も同様である。破損すると、歯肉から抜け落ち、新品が生えてくるのだ。私の肉体は「戦うために」できているのである。


 エイ肝は期待以上の美味を提供してくれた。食品として優れているだけではない。これは、エイバイオレンスの生命力の結晶みたいなものだ。相当量のエネルギーを含有している。肝を食べたことによって、私の体も活性化した。他者の命を取り込み、我が命とする。それが食事だ。

 間もなくして、巨大な鍋を軽々と担いだ栄螺小僧が公園に現れた。さすがは妖怪である。見かけによらぬ膂力を有している。小僧に続いて、彼の同類たちも、園内にやって来た。

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