とびうお怪人
トビウオバイオレンスは特大のブーメランを思わせる美しい軌跡を空中に描くと、二度目の攻撃を仕掛けてきた。私はその場を動かなかった。否、動けなかったと云うべきか……。
ここで迎え撃つ以外に方法はなかった。東西南北、どの方向へ逃げても、トビウオの胸鰭カッターに切り裂かれてしまうだろう。腕や足ならともかく、首を刎ねられたら、さしもの蛇王の生命力を持つ私も助からぬ。その瞬間に私の生涯は幕を閉じる。
「……」
私は大蛇丸を八双に構え、トビウオバイオレンスの襲来を待ち受けた。トビウオの金属めいた表皮が太陽光を反射して、キラキラと輝いていた。トビウオは再び「光の塊り」と化すと、猛然たる勢いで私に殺到してきた。
トビウオバイオレンスは自慢の胸鰭に物を云わせて、私の胴体を輪切りにするつもりのようであった。私はギリギリの距離までトビウオを引きつけると、横へ数歩、精密に移動した。それは唯一の安全圏に身を置こうという行動であった。因みに、横移動はコブラの得意技である。
トビウオバイオレンスの飛来攻撃は確かに脅威である。しかし、欠点もある。応用性に乏しく、融通がきかないのだ。標的に向かって、遮二無二突っ込むしかない。移動を終えた私の両眼が、私の意図を察知したらしいトビウオの顔を捉えていた。その時私は、左と右、両刃の及ばぬ位置に立っていたのだ。
「てやっ」
裂帛の気迫をこめて、私は大蛇丸をトビウオバイオレンスの顔に叩きつけた。次の瞬間、トビウオの顔面が二つに割れた。血飛沫が噴き出した。返り血を避ける余裕はなかった。
気がつくと、大蛇丸がトビウオの頭部から胴体に達していた。私を殺す筈の推進力がトビウオ自身に跳ね返る形になっていた。私は渾身の力を振るって、仁王立ちを維持した。やがて、全身に及んでいた負担が嘘みたいに軽くなった。大量の血潮を撒き散らしながら、文字通り「左右に分かれた」トビウオバイオレンスが、私の後方へ吹き飛んで行った。
「わあっ」「くわっ」「ひゃあ」「ほえっ」
砂利の悲鳴が聞こえた。トビウオバイオレンスの左半身が、公園の遊具に激突し、それを破壊した。続いて、右半身が手裏剣風の回転運動を演じて、植木に突き刺さり、その幹を貫いた。二断面から、血塗れの臓物が雪崩落ち、溢れ出す血液が、即席の瀑布となって、園内を地獄の巷に変えた。腰を抜かした栄螺小僧が一連の光景を傍観していた。
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