三すくみ

 茶室の床の間に掛け軸が掛けられていた。水墨画の掛け軸である。詳しいことはわからないが、この地方の伝説(昔話)を題材にしたものであろうか。奇妙に印象的であった。私の専門は殺戮である。芸術の分野にはほとんど関心がない。そんな私にさえ、興味を起こさせる魅力をその絵は具えていた。

 シンプルな図案である。三体のモンスター(双頭竜・鎌鼬・大百足)が、画面中央の「宝の山」を囲み、その隅に人間(樵らしい)がぽつんと立っている。ただそれだけの絵。私は茶碗を置き、里長に水墨画が表現している物語について、説明を求めた。彼はまるで「その台詞を待っていた」とでも云うように頷いた。


 この辺りでは知らぬ者がいない有名な物語だが、どういうわけか、タイトルは定まっていないそうである。秘宝を巡って激しい争いを続ける竜と鼬と百足が、ある日同時に遭遇し、睨み合ったまま一歩も動けなくなってしまった。

 極度の緊張と長時間の膠着に耐えられなくなった三怪物は、翌朝、残らず石像と化していた。たまたまその場に来合わせた樵の男が、労せずして、全ての宝を得たというそんな話だ。


 三モンスターが動けなくなった理由はこうである。竜は鼬を食う。鼬は百足を食う。そして、百足は竜を食べる。一方は餌食、もう一方は天敵というわけ。

 竜の動きを百足が封じ、百足の動きを鼬が封じ、鼬の動きを竜が封じた。戦おうにも戦えず、逃げようにも逃げられぬ。自分たちが作り出した「金縛りのトライアングル」に彼らは囚われた。精魂尽き、三つの巨像と成り果てた。

 昔話特有の超現実的な現象であり、展開であった。この無題の物語に私は不思議な面白味を感じていた。仮に私が竜ならば、鼬と百足に該当するのは誰であろうか……。


 茶の後に出てきたのは、革袋に詰め込まれた大量のコインであった。ギンジ打倒の御褒美である。言葉や顔には表さなかったが、相当な喜びと安堵を覚えていた。これで、泥棒や追剥の真似をしなくても済むからである。

 袋の中身を確かめてから、私は受取書に署名をした。まさか、コブラガールと書き込むわけにもゆかぬ。刹那迷った結果、融合前の名前を記した。

 書類を里長に渡した時だった。躙り口越しに下男の声が聞こえてきた。

「旦那様、大変です!」

「何事だ」

「お屋敷の上空に変なやつが浮かんでいます!」

「変なやつ?」

「エイです!化物エイが現れました!」

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