喫茶

 私の足元にウツボバイオレンスの首なし死体が転がっていた。私は栄螺小僧を呼ぶと、早々にその場を去った。ウツボの死肉はどんな味がするのか、多少関心があったが、ともあれ、海辺から離れたかった。身の安全のために。

 ウツボ以外の海魚(獣)系キメラマンの潜伏を警戒したのである。複数のキメラに襲われ、水中に引き摺り込まれたら、いかな私も生き残る自信はない。

 私は栄螺小僧の案内に従って、里長の屋敷へ向かった。私たちは砂浜と街道を繋ぐ石段を登り、北の方角へ歩いた。到着までに、半刻ほどかかった。


 道中、栄螺小僧の口振りや眼差しに尊敬の念のようなものを感じた。小僧は、私がサソリマン(ギンジ)を倒すところを直接見ていたわけではない。私が本当にそれをやったのか、断言可能な材料を小僧は持っていないのだ。しかし、私がウツボバイオレンスに圧勝する場面を見物して、得心を得たようだった。

 ギンジは強敵であった。ウツボバイオレンスよりも、数段手強い相手だった。幸いにも、勝ちをおさめることができたが、持久戦に持ち込まれていたら、どうなっていたかわからない。スタミナに関しては、ギンジの方が上だった。太刀筋が鈍ったところに、ギンジ自慢の両鋏が同時に殺到してきたら、果たして、防ぎ切れたかどうか……。

 夜の浜辺で勃発した「蛇蝎の戦い」は、かなり際どい勝負だったのである。だが、それについては、栄螺小僧には黙っておくことにした。


 到着後、栄螺小僧が屋敷の中に上がり込んだ。間もなくして、里長の老人を連れて、私の前に現れた。里長の態度は至って落ち着いていた。蛇頭人身の怪物の訪問に対しても、さして驚いてはいなかった。相当に妖怪慣れ、化物慣れしていた。むしろ、珍客の登場に喜んでいた。


 邸内の茶室に招かれ、一服御馳走になった。茶の作法は、人間時代に習ったことがあり、その経験が生きた。まずありえぬが、この茶に毒物が混入されていたとしても、私には通用しない。

 私は蛇王コブラの化身である。毒に関しては並外れた耐性を有している。又、臭いにも敏感で、そういうものが混じっていた場合、即座に感知することができる。その直後に何が起きるのか、説明の必要はあるまい。

 私が二杯目を乞うと、里長は快く応じてくれた。最大の悩みが排除されたからだろう。老人は上機嫌だった。討伐者は誰でもかまわない。蛇頭であろうが、鰐頭であろうが。

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