さざえ小僧

 私の視界に「そいつ」が現れた。私の両眼は猛禽類級の視力を具えている。相当な遠距離でも、明確に目標を捕捉できる。加えて、暗視機能も有しているので「夜中のチャンバラ」も平然と演じることが可能である。


 自慢をするわけではないが、所属時代、私は「組織最強の女戦士」と呼ばれていた。私を作り上げるために、組織は多額の投資をしている。その私が「突如、発狂」し、仲間百人を皆殺しにして、組織を脱け出したものだから、上層部の連中は相応の衝撃を受けた。以後、彼らは私の追討に異常な情熱を燃やしている。

 私を殺したところで、死者が蘇る筈もないが、私を八つ裂きにすることで、潰された面目を回復しようと考えているのだ。まことに愚かな発想である。

 組織が掲げている最大の目標は「世界征服」というカビの生えたもので、現在では「冗談にもならない……」ことを首領も参謀も幹部たちもまったく気づいていないのだった。少しは世間を見ろと云いたくなる。


 そいつは奇妙な風体をしていた。一見「男の子」だが、本物の子供ではあるまい。そいつは、栄螺形の巨大な帽子(兜?)を頭にかぶっていた。裸体に近い有様で、局部を隠す褌の他に衣服は身に着けていない。さしずめ「栄螺小僧」とでも称する人型妖怪であろう。

 栄螺小僧は砂の上に足跡を刻みながら、こちらの方に接近してくる。私に用があるらしい。ひょこひょことした足取りだが、歩行速度は案外速い。小僧は声が届く地点に達すると、私に話しかけてきた。

「やあ、姐さん」

 栄螺小僧は(何がおかしいのかは知らぬが)ニコニコと笑いながら、私の傍に足を進めてきた。小僧と私は、雄大な海原を背景にして、対面を果たした。朝陽に照らされた水面が、キラキラと夢幻的に煌めいていた。

 小僧は笑顔を維持しつつ、私に質問した。

「おいらの勘違いだったらごめんよ。ギンジを斬ったのは、もしかして、姐さんかい?」

「ギンジとは誰だ」

 ギンジが何者なのか、見当はついていたが、私はあえて、そう応じた。

「蠍男(サソリマン)のギンジだよ。いつものように朝の散歩をしていたら、浜にギンジの死体が倒れているんで、おいらはびっくりしてしまったよ。あいつを斬れるやつなんて、ざらにはいないからね。でも、あんたなら…コブラ頭の姐さんならやれるかも知れないと思ったんだよ」

「……」

 私は小僧の言葉にどう応えるべきか、刹那迷った。

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