朝食

 夜襲はなかった。夢も見ない深い眠りであった。意外に思われるかも知れないが、キメラマンも夢を見るのである。

 熟睡後の充足感を感じながら、私は出発の準備を始めた。まず燃え残った流木に海水をかけた。それから、蠍型の左腕を掴み、右手の爪を使って、外殻を丁寧に剥した。殻の下から、美味しそうな白身の肉が現れた。

 私が最も好む食べものは、人間たちがこしらえる料理である。が、私は流浪生活者だ。常に財布の中身が豊かであるとは限らぬ。むしろ、そんな日は少ない。例えば今日のように。そういう際、強戦士の死肉が手に入るとまことに助かる。栄養補給に最適だし、完全食品と呼びたくなるほどに滋味に富んでいる。


 蠍の肉を食べるのは、今朝が初めてである。蟹か海老に近い味を想像していたが、実際は違った。しかし、相当な満足を覚えた。肉全体に「毒味」のようなものがきいていた。新鮮な味わいを堪能した。

 今回は時間の都合上、生で食べたが、次回は火で焙ってみよう。生食とは異なる味が楽しめる筈だ。蠍型のエネルギーを吸収した私の体は、大いに賦活した。


 私は、適当に掘った穴に蠍の殻、燃え残りの木、灰などを入れ、上から砂をかぶせた。自分でもおかしくなるほどに、私はこういうことにまめな性格である。敵の斬殺(惨殺)死体はそのまま放置しているくせに。

 漆塗りの鞘におさめた大蛇丸を左の腰に佩き、背負い袋を背負うと、私は野宿の場所から離れようとした。

「……」

 その時、何者かがこちらに近づいてくる気配を私は感知した。組織が放った殺し屋ではなさそうだった。敵意や害意の類いがまるで感じられないからである。無論、油断は禁物だが。


 さて、どうするか。即座に立ち去っても良かったのだが、私はあえて、待ってみることにした。情報収集のチャンスかも知れないと思ったのだ。

 組織に所属していた頃も、組織を脱走してからも、私はこの土地に足を踏み入れたことは一度もない。あいつに追いかけ回された挙句に、出航直前の船に飛び乗り、辿り着いた先がここだったのだ。名を除けば、何もわからぬ。


 私がとどまったもうひとつの理由。それは、来訪者が「どうやら、人間ではないらしい……」からであった。地元在住のモンスターならば、有益な情報が期待できる。妖怪であれ、魔獣であれ、人間よりも親しみを覚えるのは、私自身が化物(キメラマン)だからだと考えられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る