おろちまる
蠍型は「まだ生きて」いた。敵は私に首を刎ねられ、うつ伏せの状態で砂浜に倒れている。普通の感覚なら「死んだ」と判断する筈である。しかし、闘志の炎は依然燃えていた。先端に鋭利な毒針を具えた尻尾が、まるで、それ自体が意思を持っているかのように、虚空を刺し続けているのだった。
「……」
素晴らしい敵に対して、私は改めて敬意を覚えた。私は砂上に伏した蠍型に注意深く接近した。そして、斬程距離に捉えた瞬間、右手の剣を閃かせた。尻尾の上半分が無数の血滴を撒き散らしながら、砂面に落下した。敵の全身が高圧電流でも浴びたみたいに、激しく痙攣した。やがて、蠍型は「完全な死」を迎えた。
私は蠍型の死骸をひっくり返すと、所持品を探った。何も見つからなかった。蠍型は無一文であった。路銀の補充を期待していた私としては、まことに残念な結果であった。まあ、仕方がない。私は気を取り直すと、刀身に絡んだ血の糸を懐紙で丹念に拭った。
私は「かちん」という鍔鳴りの音を響かせながら、愛剣『大蛇丸』を鞘におさめた。この大蛇丸は、組織の開発部が作り出した傑作武器のひとつだ。多少の破損ならば、自己修復する機能を秘めている。奇跡の魔剣と呼べるだろう。
大蛇丸は、私がキメラマンとして誕生したその日から、私の相棒を務めてくれている。逃亡生活に突入してからも、常に私を助けてくれている。最大の味方であり、唯一の道連れだった。物品愛を超えるものを感じている。
私は砂上に転がっている蠍型の左腕を拾い上げると、その場を離れた。この腕は夜食か、翌日の朝食にするつもりであった。野蛮な行為だと、私を非難されるだろうか?
だが、ちょっと待ってもらいたい。敗者の死肉を食らうことは、勝者に与えられた当然の権利なのである。それを「異常」と罵る方が異常なのだ。勝者は敗者のエネルギーを得て、命を繋ぎ、次なる運命に立ち向かうのである。
いつか私も、誰かに敗れ、誰かの栄養になるのだろう。ずっと先の話かも知れないし、存外近いかも知れない。どうなるにしろ、戦士の宿命として受け入れるしかない。だが、私はあいつにだけは食われたくない。私の死肉があいつに咀嚼される場面を想像すると、気が狂いそうになる。
私は野宿の場所を定めると、荷物をおろし、腰の剣を外した。流木を集め、火を焚いた。岩壁に背をあずけた私は、大蛇丸を抱き込む格好で眼を閉じた。
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