さそり怪人

 蠍型キメラマンはなかなかの難敵だった。強敵の部類と云っていい。左右の巨鋏が厄介である。奴にとって、最大の武器であり、場合によっては、頑丈な盾として使うことができるのだった。

 尻尾の先端に生えている毒針も不気味な伏兵と云えた。私に大抵の毒は通じない。強靭な耐性を持っているからである。しかし、針そのものは別である。刺されたら痛いし、急所を貫かれたら、死に至る危険性があった。

 相手の技量を測定する意味も含めて、幾度か斬りつけてみた。私の剣は奴の両鋏にことごとく弾かれてしまった。この程度の衝撃で折れるような弱刀ではないが、できれば、長期戦は避けたかった。

 慣れない船旅に疲れた体が睡眠を欲していたし、万一にも、この場にあいつが現れたら、事がややこしくなる。もっとも、用心深いあいつのことだから、私が海の近くにいる限り、攻めてはこないかも知れないが……。


 私と蠍型の睨み合いが続いていた。続けながら、私は喉の奥にある「毒袋」を作動させて、左右の大牙に毒液を装填した。忌々しいあいつは例外として、私の毒牙に咬まれて命を保てる者は、地上に存在しない筈である。

 私の牙は鋭い。甲冑めいた蠍型の外殻であろうと、紙細工同然に突破する自信がある。だが、私の牙が届く前に、奴の鋏が私の首を「ぱちん」とちょん切ってしまう恐れがあった。私は賭けをやめ、確実性の高い戦い方を選ぶことにした。


 私は剣を上段に構えると、蠍型に猛然と斬りかかった。一合、二合、三合…私たちは激しい打ち合いを演じた。その中で、奴の守りが崩れ、顔面ががら空きになった瞬間を私は見逃さなかった。私は両牙に溜めておいた毒液を、霧状にして敵の顔に吹きかけた。

「!!」

 さしもの蠍型も、この攻撃は想定外だったようだ。仮に毒が効かなかったとしても、敵の眼を塞げばそれで充分だった。視界を閉ざされた奴の左鋏が空を切っていた。私は奴の側面に回り込みざまに、右手の剣を垂直に打ちおろした。

 次の瞬間、付け根部分から斬断された蠍型の左腕が、砂浜に落下した。二つの断面から、大量の血潮が噴き出した。苦悶の波動を発しながらも、敵は残った鋏で反撃を仕掛けてきた。いい根性だ。不屈の戦士に敬意を表しつつ、私は剣を真横に払った。

 次の瞬間、蠍型の首が宙を舞い、星空に向かって、血の橋を架けた。左腕と頭部を失った胴体が、地響きを立てて、砂上に崩れ落ちた。

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