キメラマン
陽が沈み、海岸は夜の支配に包まれていた。背面に出現した殺気の塊りに対して、私は振り向きざまに剣を放った。私の刃と敵の武器が噛み合って、虚空に火花を散らした。
視認の瞬間、私はそいつを「宿借りの化物」だと思った。だが、違った。実際は「蠍の化物」であった。左右の鋏と毒針付きの尻尾。どうして浜辺に蠍がいるのかはわからないが、彼(あるいは、彼女)なりの深い事情があるのだろう。
蠍モンスターは砂中に身を隠し、攻撃の機会を窺っていたらしい。侮れない敵と云えた。私でさえ捕捉に手間取ったぐらいだから、並の使い手なら、最初の襲撃で致命的損害を被っていただろう。もっとも、私の反応が遅れたのは、飲酒の影響が大きい。
他者の眼には、大層強く見えるそうだが、私は酒に弱い。すぐに酔ってしまう体質なのである。好きであることと強いことは必ずしも同じではないのだ。酒は最良の妙薬ではあるが、一番頼りにしている「戦士の勘」を鈍らせる副作用がある。これが怖い。
私が断酒を決意したのはそのためであった。最大の天敵であるあいつを殺すまで、飲酒は控えようと考えていた。禁を破った途端に、蠍の怪物に襲われたというわけ。まったく油断も隙もあったものではない。
私は愛剣を片手下段に固定し、波打ち際から離れた場所へ蠍モンスターを誘った。奴の正体は不明だが、組織が派遣した殺し屋ではなさそうだ。もし刺客ならば、会いざまに私を「反逆者」だの「裏切り者」だのと罵っている筈である。毎度のお約束ではあるが、あまり気持ちの好いものではない。
蠍モンスターは二足歩行タイプの合成戦士(キメラマン)であった。キメラマンとは「人と獣の合いの子」のような存在だ。かく云う私も、その一人である。
かつて、この星に「合成戦士の隆盛時代」があった。大小を問わず、世界中の犯罪組織が魔物にとり憑かれたみたいに激しい生産競争を演じたのだ。しかし、キメラブームの終息は案外早かった。人気が下火になった今、生産数も減少の一途を辿っている。
過去の産物である私の追討に情熱を燃やしている組織とその幹部たちは、時代錯誤の代表のようなものだ。だが、彼らは何としても私の首が欲しいらしい。ゆえに私も剣を振るうしかない。殺されたくなかったら、殺すしかない。
蠍モンスターは田舎やくざに作られたキメラマンだろうか。一家を追われ、ここに住むハメになったのか。
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