娯楽小説 1

 ……最近、マリィの帰りが遅い気がする。

「…………」

 悪魔は一人、厨房にいた。マリィがスープを飲むようになったので、今日は、パンを焼いている。指先で器用にもトングをつまみ、さらにそれでパンを掴む。丸く焼けたそれは、美味しそうに、見える。

「はぁ……」

 ……子育て経験がこんなところで役に立つとは。

 全て用意できたところで、窓の外を見た。

 窓の外は相変わらずの暗さだ。こんな場所からは連れ去ってしまいたい。けれど、魔力は少ない。この街の障壁を消さないと、悪魔もこの街から離れることはできない。障壁を破ってしまえば、森の狼達がこの街を荒らす。少女を守りながら戦うことも困難だろう。危険にさらすことはできない。

 ……マリィを独り占めしているこの状況を、手放すこともできない。

 耳を澄ませてみたが、マリィが歩く気配はない。さて、どこかに座っているのか寝ているのか。

 ふわりと空を飛んで、街を上から見下ろしてみた。

 見慣れた街並み。明かりが灯る部分は所々しかない、不自然な街並み。明かりの多いところを辿っていくと、……そこは、図書館だった。

 その街には、大きな図書館が建っていた。マクスウェルが建てたものより、ずっと大きいが、マクスウェルの名を残すその図書館は、悪魔にも思い出を呼び起こさせる。

 さて。

 図書館の正面から音を立てないよう入っていくと、中は明かりでいっぱいだった。ほとんどのランプがついている。

「…………」

 確かに、マリィの気配がする。本を読んでいるのか。

 気配を辿りながら、少しだけ浮き、扉をいくつかくぐっていった。

 本棚が並ぶ部屋に入ると、足元のそこここに本が積まれているのが目に入った。

『魔女』『妖精』そして、歴史の本までもが並ぶ。

 こんなに……調べて……。

 悲しくなる。

 あの王子を助けるために……。

 ふい、っと目を下に落とすと、そんな本の中に、別の種類の本が混ざっているのが目についた。

『花園に潜む』

「…………」

 恋愛……小説?

 よく見ると、あちらこちらに恋愛小説ばかり見える山が多くある。

「…………?」

 こんなに、娯楽小説を置いてある図書館だっただろうか。

 なんとなく、1冊を手に取ろうとして、その表紙に嫌な予感がした。

 え〜〜〜と……。

 これは……見てもいいやつか……?

 その瞬間、少し離れた場所で、マリィの独り言が聞こえた。

「お……王子と王子が……、そんな…………!」

「…………」

 どんな本なのかは、見ない方がいいかもしれないな。しかし、いったいどうして娯楽小説がこんなに。

 と、一人だけ、思い浮かぶ顔があった。こんな妙な嫌がらせをするのは、あの魔女しかいない。

 あのニヤニヤ顔が思い浮かぶ。

 あの魔女は、気に入った悪戯なら、どんなことでもするのだ。殺人でも、破壊でも、こんな小さな悪戯でも。

 ちらりとマリィの方を見る。食い入るように本を読む姿は、なかなかに新鮮だ。また一人泣いているのかと思ったが、問題はなさそうだ。

 まあ、楽しそうだからいいか……。

 屋敷に帰ろうとすると、1冊の本が目に入る。

 え……?

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