娯楽小説 2

 表紙の絵。その絵を、悪魔は知っていた。柔らかく、現実を描く。

 マロイ……?

 手に取る。

 確かに見知った絵だ。

 懐かしい……。

 それにしてもこの……。

 問題は表紙の絵だ。二人の男性が手に手を取り合っている。その二人が……。どう見ても片方がマクスウェルだ……。それに……、もう片方が……。

 人間姿の……僕……?恋愛もの……に見えるんだけど……。

 似ている。似ているだけでは済まない。服装にだって見覚えがある。

 絵の人物の服と、自分の服を見比べる。

 まさかマロイが……と思ったところで、作者欄に目をやると、ハリス・カルレンスの文字があった。

 え〜〜〜〜〜と…………。

 ここまで一致すれば、疑う余地もないだろう。

 中身を覗くと、確かに恋愛小説のようだった。流石に本名は伏せられていた。……いや、事実無根のフィクションなんだから当たり前だ。

 一人は公爵の息子という設定で、一人は黒衣でミステリアスとある……。伏せられているのが意味ないくらいそのままじゃないか……。

『私は、見てしまったんです。お兄様二人が裏庭で、意味深な会話をしているのを。「どうして私を受け入れてくれないんだ」ああ、血が繋がっていないとはいえ、兄弟であるのに……』

「…………」

 なるほど、と思う。こんな会話はした覚えがない。全てがフィクションだ。

 これは、作者の挨拶からして、悪魔が姿を消した以降に書かれたものだ。あんなことがあった以降に書かれた本に“兄弟”と書いてあるのは、感慨深いものがあった。家族だと、思われていた。嬉しいという感情が湧いた。いや……でもこの内容は……。

 どう受け止めていいのか複雑だ。

 表紙を眺める。

 見れば見るほど似ている。マロイは絵が上手くなったようだ。

 これは、読んではいけないものだ。

「…………」

 まさか、マリィは読んだのだろうか。

 これがこの場から動いてしまったらマリィに気づかれるだろうか。

 けれど、どちらにしろ、これがマリィの目に入るのはよくない。

 その本を手にひとしきり悩んだ末、まったく関係ない本棚へ押し込んだ。

 はずだった。

 その日の終わり、マリィが大切そうに抱えた2冊の本を見てみると、片方の本は、例の本だった。……探さないと見つからないものをどうして。

 玄関扉から入ってきた姿に、若干口を開けて見てしまった。

「悪魔さん」

 声をかけられ、無言で頭上ほど近いところまで降りていく。

「……どうしたの?」

 平静を装う。

「これ」

 見せられたのは、予想通り例の本だった。表紙の上で、マクスウェルと悪魔が手に手を取っていた。

 本当に、マロイもいったい何を描かされているんだ……。

「…………」

 平静を装う。

「もしかして……これ、あなた?」

「…………」

 どうしてわかったんだろう。やはり本を隠そうとしたのは失敗だったか。

 目を逸らす。

 気まずい沈黙の後、いたたまれない気持ちになって、逃げるように姿を消した。

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