始まりの日 3

 強い風が部屋の中へ立ち入り、思わず目をつぶった。

 次第に風が止み、周りがざわつき始める。マリィも目を開ける、と。

 そこには、見たことのない女性がいた。

 中空に立って……というよりは浮いていた。

 まさに豪奢という言葉が似合う大袈裟なドレスは、フリルの先まで黒で、ヒラヒラしているのになんだか喪服のようだった。貴婦人のように髪をアップにしている髪は、服とは逆にキラキラと生まれたばかりの光のようだ。

「な…………」

 何が、起こったのだろう。

 空気がしんと静まりかえる。周りの人間は険悪な空気を隠そうともしない。

 上から見下ろすその人が、まず口を開いた。

「あッらァ、皆様、お集まりで」

 ゆっくりとした、低い声。目を細め、ニヤリ、と嗤う。

 マリィは、声を出すことができなかった。震える足をじりじりと後ろへ滑らせる。

 アレは……何だろう。何なんだろう。

 数歩先で、エルリックがマリィを庇うように立っている。

 後ろには、少しでもマリィの近くに来ようと、母がその人を見据えながらそこに立っていた。

 ジャキン……と、剣を携え、警護にあたっていた人達が剣を抜き放つ。

 外はまだ明るいはずなのに、何故だかその人の後ろは暗く、夜を背負っているようだ。

「パーティー?かしら?とォーッても楽しそう」

 スカートを掴み、前のめりで周りをうかがう。

「でもォ……そこのドレスは……、アタクシの好みではない、みたい」

 指でピッと一人の女性を差すと、その瞬間、その女性が何かに打たれたように呻きながら倒れこんでしまった。

 空気が、ピンと張り詰めたのがわかった。激しいどよめきが巻き起こる。

 その女性の夫が抱き上げるが、気を失ってしまったのか、ぐったりとして動かない。

 マリィも女性に駆け寄ろうとするが、引き止められてしまった。

 振り向くと、母がそこにいて、蒼白な、それでいて厳しい顔をしていた。

 父が、剣を抜き放つ。

「貴女は“魔女キタカゼ”とお見受けするが?」

「あッらァ……アタクシのことをご存知なのね。こんな……隔離された土地で……」

 魔女キタカゼ。

 その名を、マリィも知っていた。ただし、お伽話に出てくる魔女として。

 時々、空を舞っては、土地を荒らしていく。その力には誰も及ばず、まるで嵐。魔女キタカゼが通る場所にたまたまいた人間は、その嵐を甘んじて受け、小さくうずくまりながら、ただ、通り過ぎるのを待つしかない。いとも簡単に人の死を運び、広大な土地を荒廃させる。それが、魔女キタカゼ。

「私は、この地を治める者、カルレンス。なんびとでも、この土地を荒らすことは許されない」

 警護をしていた剣士達が、剣を構え直した。

「あッらァ……もしかして、アタクシの敵なのォ?あなたも?あなたも?あなたも?」

 言いながら指をピッと差していき、その度に剣士一人一人が倒れ伏していく。

 マリィの頭の中が、真っ白になっていく。

 今、目の前で起こっていることは、なんなのだろう。

 何が、起こっているのだろう。

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