第38話 違うもん

『マスター、時子、話があるんだけど、外に出れない?』

『ん? ここじゃダメなのか?』

『うん。ちょっと』


 珍しいな。

 場所まで移動しなきゃいけないなんて。


『分かった。時子、出よう。デイビー、ナユダさんによろしく言っておいてくれ』

『了解しました』

「パパ? 何処行くの?」

「ん? タイム伯母さんとママと大事なお話があるんだ」

「鈴も行く!」


 タイムを見ると、首を振っている。

 ダメなのか。


「ごめんね。ここで待ってて」

「やーっ、鈴も行くー」

「娘、わたくしとここで待つんだ」

「あ……う……はい、分かりました」


 ごめん、寂しいよね。

 少しだけ待ってて。

 でもなんだ話って。

 しかも外に?

 話だけじゃないってことか。

 太陽はほぼ沈んでいるな。

 辺りは真っ赤に染まっている。

 チラホラと風呂から戻ってくる人が居る。

 そんな人たちから隠れるように人気ひとけの無い方へとタイムにいざなわれていく。


『で、タイム。話ってなんだ?』

『………………』

『タイム?』

『オバサン……』


 今そこ?!


『時子のお姉さんなんだから、諦めろ』

『はぁ……』

『で、わざわざ外に出てまで話す理由はなんだ? 秘匿通信内緒話じゃダメなのか?』

『えっとね、充電のことなんだけど……ほら、前回空っぽになりかけたでしょ』

『そうだな。でも俺が生きているってことは、時子が間に合ったってことだよな。ありがとう』

『いいっていいって。だって私は……』

『〝私は〟?』

『ううん。そのくらいでしか役に立てないから』

『そんなことないよ。凄く助かっている』

『そうかな』

『そうだよ』


 過小評価しすぎだろ。


『で、それがどうかしたのか?』

『うん。だからバッテリーに負荷が凄く掛かってね。かなりダメージが大きいの。それでね、今の調子で充電をしてても1週間しか持たなくなっちゃったの』

『えっ』

『後……1週間』


 余命宣告か……


『勘違いしないでほしいの。マスターの命があと1週間ってことじゃないんだよ』

『違うのか?』

『少なくなってきたらまた時子にあのときと同じ方法で充電してもらえれば……ね』

『同じ方法?』

『それって……』

『うん』

『分かったわ』

『いいの?』

『それしか方法が無いんでしょ』

『うん』

『どんな方法なんだ?』

『えっとね……』

『説明するより実際にやった方が早いわ』

『週に1回でいいのよ。今はまだ大丈夫だよ』

『別に毎日したって問題は無いでしょ』

『毎日?! ……するつもりなの?』

『お姉ちゃんが言い出したんだからね』

『そ、そうだけど』


 なんか2人でドンドン話を進めているけど、方法ってなんだ?

 あのときって、俺が気を失っていたときのことだよな。

 時子は一体なにをしたんだ?

 殆どカラの状態だったのに、目が覚めたら満充電になっていた。

 ホッペタを合わせるより高効率な方法ってこと……かな。


『じゃモナカ、するわよ』

『ああ、いいけど……なにをするんだ? って、時子、顔が近いぞ』

『いいから少し屈んで。モナカの方が背が高いんだから』

『あ? ああ。こうか?』


 少し屈んで時子と目線を合わせた。

 時子の呼吸が顔を撫でる。

 ち、近いな。

 すると時子が俺のホッペタを両手で包んできた。

 なにをするつもりだ?


『目、つむりなさいよ』

『へ?! あ、うん』


 言われるがままに目を瞑る。

 すると唇に柔らかい感触が……はあ?!

 思わず目を見開くと、目の前には目を瞑っている時子が居た。

 それだけじゃない。

 ホッペタとホッペタどころの騒ぎではない。

 唇と唇がピタリと張り合わさっている。

 一体時子はなにを……って、これ完全にキス……なのでは?

 え? いや、そんなまさか。

 だって先輩は?

 俺はその、初めてってわけじゃないけど、時子は?

 って、まさかこれが〝あのときと同じ方法〟なのか?

 記憶に無いけど、時子と2度目のキス……なのか?

 幾ら充電のためといってもこれは……

 しかも長い。

 えーと、確か鼻で息をすればいいんだっけ。

 じゃなくって!

 ど、どうすれば……


『時子、ちょっと長いよ。いつまでしてるつもりなの!』

『〝あのときと同じ〟だけよ』

『そんなに長くしてたの?! そこまで長くなくても大丈夫! もう十分だよ』

『そう』


 時子はゆっくりと目を開きながら離れていった。

 10秒……いやそんな短くない。

 30……それとも1分?

 ダメだ、頭がまったく回らない。


『なに目、開けてんのよ』

『あ……突然だったからビックリして思わず……でもよかったのか? 俺なんかと……その、キスして』

『充電よ、充電! キスなんかじゃないわ。人工呼吸と同じよ』

『いや、でも、その……先輩に悪いなって思って』

『急になに言い出すのよ。先輩は関係ないでしょ!』

『大ありだよっ。幾ら充電の為っていってもやっぱりキスなわけで、それにファーストキスだって……』

『だからキスじゃないって言ってるでしょ!』

『時子は先輩と済ませてるから、心配しなくていいよ』

『そう……なのか?』

『だから先輩は関係ないでしょ!』

『関係無くは無いだろ』

『なんなのよモナカはっ。いつもいつもいつもいつもいっつも先輩先輩先輩先輩って遠慮して。そんなんでよく嫁にするとか言ってられるわね。そんなに私は嫌? そんなに私とキスするのは嫌なの?』

『そんなこと言っていないだろ』

『言ってるわよっ!』

『嫌なわけないだろ。でも先輩が見つかって――』

『また先輩って。いい加減にしてっ』

『どうしたんだよ。先輩を見つけることが時子の目的だろ』


 時子の願いで一緒に転移して来たはずの先輩。

 なのにその先輩は何処にも居なかった。

 だから先輩を見つけようとしていたはず。

 俺は顔が分からないから時子頼りなんだけど。

 唯一分かっていることは、名前が〝真弓〟だってことだけだ。


『……こんななんの手がかりも無い異世界で見つかるはず無いじゃない』

『……なに言い出すんだよ』

『無理だよ。だって先輩は……うっ』

『諦めるのかよっ』

『諦めるとか……そういう話じゃ……ない……ううっ』

『マスター、時子は諦めたんじゃないんだよ』

『どういうことだ? タイムはなにを知っているんだ?』

『先輩はね』

『お姉ちゃん!』

『……ごめん。タイムの口からは言えないよ』

『そんなことないもん。先輩は……絶対見間違いだもん』

『時子やタイムが見間違うわけないでしょ』

「違うもんっ!」

「違わないよっ! 時子だって認めてたんじゃなかったの!」

「……違うもん」

「認めてたからマスターとキスしたんでしょ」

「……違うもん」

「マスター、時子の前で先輩の話はもうしないであげて」

「……分かった。時子、悪かったな」

「……違うもん」


 なにが違うのかは俺には分からない。

 俺がしてやれることはないのかも知れない。

 それでも頭を抱えてギュッと抱き締めてやることは出来る。

 それくらいしかしてやれないのが歯がゆい。

 時子は抵抗することなく、ただ静かに肩を振るわせて〝違うもん〟と繰り返し続けた。


『なー、鈴を挟んで3人で手を繋いでいるんじゃダメなのか? 凄く効率が上がるんだろ』

『時子とみたいに24時間? ご飯のときも? 戦闘中も?』

『無理……か』


 鈴も俺と時子が手を繋いでいると、わざわざ割って入ってくるようなことはしない。

 そういうとき、少し寂しそうな顔をしているのが心苦しい。

 ナームコがいつもフォローしてくれるから本当に助かっている。

 もう暫く義妹継続かな。


「どうしたの?」

「ナユダさん。あ、いえ。なんでも……」

「そう? 貴方方が外で騒いでるって言うから来たんだけど」

「騒いですみませんでした。時子、大丈夫か?」


 返事は無く、ただ頭が縦に動いたのが感じられた。


「うん。戻ろう」


 やっぱり返事は無く、ただ頭が縦に動くだけだった。

 時子と手を繋ぎ、みんなの元に戻る。

 その手はいつもより強く握られていた気がした。

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