第16話 精霊召喚術師
今日、ボクは家を追放された。
結界外探索許可試験に不合格となったからだ。
ただ不合格しただけなら、家名を捨てさせられることもなかったと思う。
ボクは試験で結果を出せなかっただけではなく、家名を
この世界では召喚術は発達しなかった。
それでも昔はそれなりに術者は居た。
今となっては、オルバーディング家のみとなってしまっていた。
それほどまでに魔法が発達したのだ。
世界に国が健在だった頃、軍事力は如何に精霊召喚術師が居るかに左右されていた。
単純な破壊力で召喚術に敵う魔法は存在しなかった。
しかし、破壊力の高い召喚術には、高位の精霊との契約が不可欠だった。
そんな高位の存在と契約できる召喚術師は、指で数えられるほどしか居なかった。
だから、そういった精霊召喚術師を国はこぞって求めた。
例え下級精霊であっても、並の魔法では歯がたたないので、とにかく召喚術師は重宝された。
そんな中、
魔力を通すだけで、誰もが魔法を使える夢のような道具だ。
魔力を通すだけで明かりが点く。魔力を通すだけで火が
軍用転換されたのはあっという間だった。
それまでは訓練を必要とした軍用魔法も、
それまで
そしてより使いやすく、より効率よく、より携帯性が高く、より安価でより生産効率が高い形へと変化していった。
数の暴力は恐ろしい。新兵の分隊で下級精霊を圧倒できた。
それまでは下級精霊1体相手にするのですら、中級魔術師の小隊が必要だったことを考えると、恐ろしい発明である。
高位の精霊すら圧倒するのに、大した時間はかからなかった。
ものの発達に軍事利用というものは欠かせないと言っても過言ではない。
そして必要不可欠な道具となっていった。
その結果、人々は魔術法則を忘れていった。
精霊召喚術は魔法と違い、精霊との契約が必須だ。
故にどんなに進化しようとも
それが原因で、不便な精霊召喚術は人々の間から忘れ去られていった。
そんな事になっても、脈々と精霊召喚術を受け継いできたのが、オルバーディング家なのだ。
ボクはそんなオルバーディング家の末っ子として生まれた。
一族の特徴として、左目は至って普通だが、右目が召喚眼といい、瞳が蒼く、白い6本の筋が入っている。
それはまさしく、スターサファイアのようにとても美しい。
瞳の蒼が深いほど支配力が強く、線が白いほど支配精霊の格が高い。
線は上から順に時計回りで
そんな一族の中でも、ボクは両目に召喚眼を宿していた。
黒に近いほど蒼が深く、純白の筋が太くくっきりと6本走っていた。
長い歴史の中、両目に召喚眼を宿したものはいない。
瞳の色も、濃い者は稀だ。
6本の筋が全て純白だった者もいない。
普通は1本、多くても3本だ。それも薄いのが当たり前。
それ故に一族の期待が大きかった。
中には精霊召喚術の復権を確信するものまでいた。
兄を差し置き、ボクに家督を継がせようという派閥まで生まれるほどだ。
自分の子を婚約者にと申し出る者も跡を絶たない。
そんなこと、ボクには無理だ。
精霊に対し、恐怖心が魂に刻まれているボクには無理だ。
精霊を怖がり、まともに契約すらできないボクは、いつしか〝飾り皿〟と呼ばれるようになった。
あるとき、兄に何故精霊をそんなにまで怖がるのかを聞かれたことがあった。
信じてはもらえないと思いつつ、全てを話した。
「そんな世迷い事を言うようなら、貴様など召喚師を辞めてしまえ! そうすれば恐怖することも無かろう」
そういい捨てられてしまった。
その日から、兄のボクへの当たりが強くなった。
なにかに付けて、〝辞めてしまえ〟と悪態を吐くようになった。
でも、ボクには精霊しかいないことは分かっていた。
精霊たちの優しさを知っている。
気高さを知っている。
誇り高さを、美しさを、妖艶さを、精霊のすべてを知っている。
ボクの8年間が余すことなく知っている。
あの幸福な日々を。忘れられない日々を。
取り戻すためならば、なんだってやってやる。
だから兄の言葉に屈することなく、努力を重ねた。
15歳を迎える頃には、6属性全ての下位精霊を使役できるようになった……筈だった。
試験当日、ボクはただの1体も精霊を召喚することができなかった。
召喚陣は展開できた。
なのに待てど暮らせど、精霊は召喚に応じてはくれなかった。
あんなにもボクのことを愛してくれたのに。
でもそれだけで、決して契約はしてくれなかった。
どうして最後には拒絶されるのだろう。
だから下位精霊と契約できたときは嬉しかった。
やっと愛してもらえたと思った。
もう1人ではないって思えたのだ。
お願いだ、ボクを独りにしないでください。
あの安らかな日々を取り戻したいだけなのだ。
お願いだから、ボクのもとに来てください。
ボクには君たちが必要なんです。お願いします。
……いくらお願いしても、精霊は答えてくれない。
魂に刻まれた恐怖が襲ってくる。
抑えようとしても溢れ出る記憶。
〝また間違えられるのか〟
気がつくと、召喚陣は消えていた。
体中から汗が流れ、手足は震え、まともに立つこともできなくなった。
そんなボクがバカにされるのは仕方がない。
けど、精霊召喚術をバカにされたのには腹が立った。
気がついたら試験管に殴りかかっていた。
次の瞬間、救護室の天井を見上げていた。
そしてボクは、召喚陣すら展開できなくなっていた。
それはつまり、精霊との契約が破棄されたことを意味する。精霊に見放されたということだ。
父は激怒した。
由緒あるオルバーディング家に泥を塗ったとして、ボクは親子の縁を切られ、家名を名乗ることを禁じられ、家を追い出された。
「だから言っただろう。召喚術師など辞めてしまえと」
そう言って、兄は手切れ金を渡してきた。
「このまま召喚術師を辞めるならよし。もしまだ続けるというのなら、俺が全力で潰してやる。覚悟しろ!」
それでもボクには召喚術しかなかった。
精霊は怖いけれど、それ以上にボクは精霊が好きなのだ。
ボクはもう一度、精霊と契約するための旅に出ることにした。
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