第15話 男女七歳にして席を同じうせず

 有用そうなアプリはいくつかあった。

 でもそういうのに限って滅茶苦茶高いんだよね。

 手頃なのだとやっぱ値段相応というか。


[ぽーん♪、たいみゅがりぇいじをおしりぁせしむぁぁぁぁ……あぅzzz]


 寝ていても律儀に時報を繰り返している。

 ほぼ寝言と化しているのは気にしないでおこう。

 それより気になるのは、なんで吹き出しなのにろれつが回っていないのかということだ。しかも通知音まで吹き出しにすることないだろ。マナーモードかな?

 というか、日付が変わってしまったか。

 もう寝た方がいいかな。

 エイルは相も変わらずノートPCと格闘しているようだ。

 なんか、モニターの数がものすごいことになってる気がするんだが。

 モニターでエイルが隠れて見えないぞ。


「なあエイル、そろそろ寝ないか?」

「ん? ……ああ、もうこんな時間なのよ」


 エイルはノートPCの電源――とは言わないんだろうけど――を落として片づけると、カップの飲み物を一気に飲み干した。


「うちの部屋に行くのよ。……タイムちゃんのよ?」

「タイムは寝てるよ」


 携帯スマホの中で寝間着を着て布団にくるまっているタイムを見せてやる。


「……この子って何者なのよ?」


 それは俺も知りたい。


「俺のサポーターとして付けられた……なんだろう? 俺と同じ死した者の魂なんだと思う」

「タイムちゃんも転生者なのよ?!」

「多分そうなんだと思う。本人はその辺なにも言わないから分からん」


 聞いてもいないけど。


「俺をこの世界に蘇らせた存在が、俺のサポートA.I.として、携帯スマホに宿らせたんだ」

「モナカとはずいぶん扱いが違うのよ」

「そうだな。なんでだろうな」


 エイルが扉を開け、外に出る。

 外は月明かりで結構明るかった。この世界にも月はあるんだな。

 7つあるとかじゃなくて、1つなのか。

 地球の月と模様が違う。

 やっぱり異世界なんだな、ここは。


「なにしてるのよ。早く上がるのよ」

「ああ、ちょっと月を見てたんだ」


 タイムは俺と違って肉体を貰えなかった。

 多分同じ世界から来た、同じ転生者なんだろう。

 俺は自由に動けるのに、タイムは自由に動けない。

 食事もできない。他人と触れ合うこともできない。

 いや、確かGPU性能を上げれば触れ合えるって言ってたっけ。そうだな……

 そんな事を考えながら階段を上り、2階に戻ってきた。

 今回は扉に挟まれることはなかった。慣れたもんだな。

 トレイシーさんはもう寝ているのだろうか。茶の間は暗くなっていた。

 廊下の奥の両側に扉がある。エイルが右の扉を開け、「中に入るのよ」と言ったので中に入ると、エイル自身は左の扉へ入っていった。

 男女七歳にして同衾どうきんせず、だっけ。ま、当たり前だよな。

 エイルが居ないから、当然ながら明かりが点かない。

 携帯スマホの画面を懐中電灯代わりに辺りを照らしてみた。

 案内された部屋はあまり広くなかった。

 ベッドと机と棚でいっぱいいっぱいだ。

 床は歩くスペース程度しかない。

 客間にしては、ごちゃごちゃしているな。

 まあいい。疲れたからすぐにベッドで横になる。

 ああ、これならすぐに寝られそう……だ?

 なんだろう、この使用感のあるベッドは。

 この枕、凄くいい匂いがする。なんか落ち着く。


「……うちの枕の匂いを嗅いでなにしてるのよ」


 はっとして後ろを振り向くと、開いた扉からエイルが見ていた。


「え? いや、その……え? 誰の枕って?」


 あ、なんか嫌な汗が出てきた。


「うちの枕なのよ」

「……エイルは客室で寝泊まりしているのか?」


 って、なにを聞いているんだ俺は。


「そんなわけないのよ。ここはうちの部屋なのよ」


 ですよねー。


「ほら、これに着替えるのよ」


 寝間着を手渡された。


「あ……りがとう」


 着替えるといっても、何処で?

 と思っていると、エイルがウォークインクローゼットで着替えをし始めた。

 俺、男として見られていないのか?

 気にしているのがバカらしくなってくる。それとも今更なんだろうか。

 携帯スマホを机の上に置き、着替えをする。

 携帯スマホの充電、どうしようか。この分だと明日には切れるかな?

 そういえば、さっき思いっきり使い倒した割に、全然減ってないぞ。なんでだ?

 着替え終わったエイルが、脱いだ服を回収して部屋を出ていった。

 再び暗闇が部屋を支配する。

 ベッドに横になるが、エイルの匂いが気になってしまった。

 匂いを嗅ごうと思わなくても、呼吸するだけで匂いを感じてしまう。

 寝られるかな。

 目を閉じて寝ようとしたが、おやすみを言ってなかったことを思い出した。

 羊でも数えようかな。ひつじが1匹、ひつじが2匹、ひつじが3匹、ひつじが――


「もう少し、奥に詰めるのよ」


 エイルが5人、エイルが6人……あれ?。

 エイルの匂いに囲まれてるから、羊がエイルに変わっても仕方がないか。

 もう一度、ひつじが1匹、ひつじが2匹、ひつじが――


「モナカ? もう寝たのよ?」


 エイルが4人、エイルが5……あれ? 匂いだけじゃなくて声まで聞こえだしたぞ。俺のひつじ力、たくましいな。


「仕方ないのよ」


 エイルが1匹、エイルが2匹……

 お? 今度のエイルは元気がいいな。

 柵を越えるだけに飽き足らず、体を擦り付けてきたぞ。

 ああ、腕に柔らかくて暖かいエイルの感触が……

 変だな、いくらなんでもこれは柵を越えすぎている。


「おやすみなのよ」


 エイルっておやすみなんて言うのか?

 あいつら、メェ~って鳴くだけじゃなかったっけ。

 目を開けて横を見ると、ひつじの顔が目の前にあった。


「な! な、ななな、なにおしておるのかな?」

「あ、ごめんなのよ。起こしたのよ?」

「そうでなくて! なんでひつじさんがとなりにはいっているんでしょうか?!」

「夜も遅いのよ。騒がな……誰がひつじなのよ」

「あ……ごめん」


 トレイシーさんを起こしてしまったら、申し訳ないな。小声で話そう。


「なんでエイルが隣で寝ているのかな?」

「ここはうちのベッドなのよ。ここで寝るのは当たり前なのよ」

「トレイシーさんと一緒に寝るんじゃなかったの?」

「あんた、うちの母さんと寝たいのよ?」

「違う違う、エイルがトレイシーさんと一緒に寝るから、ここを貸してくれたんじゃないの?」

「いい加減自分の立場を理解するのよ。モナカは夜トイレに行きたくなったのよ、どうするつもりなのよ」

「トイレ? それは……」


 扉を開けられないからエイルを呼ぶしか。


「シャワーの時のよ、扉を叩いてうちを呼ぶのよ?」

「そうなる……な」

「そんなことしたら母さんが起きるのよ」

「あ……」

「分かったのよ、さっさと寝るのよ」

「だとしても、一緒に寝るのはど……どう……おい」


 起きあがろうとしたが、エイルが腕をがっちり抱え込んでいて動けない。


「いいからもう少し奥に詰めるのよ。うちがベッドから落ちるのよ」


 あー、落ちないように腕を抱えて離さないのね。

 なので奥に移動……じゃなくてだな。


「俺は床で寝るから、離し……離……ちょ、なあ」

「うるさいのよ。甥っ子とよく一緒に寝てるのよ、慣れてるのよ」


 甥っ子のカバー力には何者も勝てない気がする。


「それはそれだろ」

「うるさいのよ。細かい男はもてないのよ」

「細かくないよっ」

「いいからさっさと奥に行くのよ」


 暫く抵抗を試みたが、力で勝てる見込みがないので、諦めて奥に移動する。

 その分、エイルが寄ってきた。

 はあ、今日はいろいろありすぎだ。


「おやすみなさい」

「おやすみなのよ」


 はあー。俺、眠れるのかな。

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