第13話 身分証偽造済み

「マスター」

「ん?」

「えと、身分証……あるって」

「あるの?」


 よかった。危ない橋を渡らずにすんだぞ。

 ……既に渡った後ってことはないよね。


携帯スマホが身分証になってるんだって」

「ちょっと待つのよ。モナカって異世界人なのよ?」

「まあ、そうだな」

「生まれた時に個人番号が決まるのよ。個人番号がないと、身分証は発行されないのよ」

「生まれた時に?」

「そうなのよ。だからうちも持ってるのよ。モナカが個人番号持ってるわけないのよ」

「個人番号もちゃんと発行されてるから安心しろって」

「誰が言ってるのよ」

「誰? ……誰だろう?」


 おいいい! やっぱりかっ。やっぱり分かってなかったのか。

 1693号が答えてくれなかったから、結局わからずじまいだったし、想定通りで怖いわ。


「とにかく、携帯スマホを……え? そのままじゃ無理?」


 大丈夫なのかダメなのか、はっきりしてくれ。


「えっと……マスター、あの携帯スマホを貸してください」


 あの携帯スマホというと、エイルが拾ったアレか。

 携帯スマホはタイムより1回り小さいくらいの大きさだ。

 渡すと、両手で抱えてよろけている。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。問題……ないよ」


 それ、絶対問題あるときの返答だろ。


「にぎゃっ」


 案の定、ひっくり返って携帯スマホの下敷きになっている。

 ……あれ? なんで携帯スマホは触れるんだ?

 扉とかエイルはすり抜けてたのに。

 ジタバタしているのを眺めるのは可愛くて目の保養になる。

 とか思ってないで、可愛そうだから携帯スマホをどかして脇に置いてやる。

 最初からこうしておけばよかった。


「ありがとうございます」


 タイムが携帯スマホの上に立ち、両手を合わせて目を閉じる。

 すんだ高い声で、調べを紡ぐ。俺に対してやったことに似ているな。

 しゃがんで両手を携帯スマホに当てると、ぽうっと光の筋が携帯スマホに走り始めた。

 魔法陣……というよりは、なにかの回路?

 片手を携帯スマホにあてたまま、もう一方の手を俺に向ける。すると、手から一条の光が額に当たった。

 ほんのりと暖かくなるのを感じる。

 暫くすると光は消えた。

 旋律が止むと、携帯スマホに走っていた光がすうっと霧消していく。


「マスター、これで携帯スマホが身分証として使えるようになったよ。電源を入れてみて」

「あ、ああ」


 携帯スマホを手に取り、電源ボタンを長押しして起動する。

 メーカーロゴが表示され、続いてOSロゴが表示される。

 暫くするとホーム画面が現れた。

 アプリ一覧を見てみると、プリインストールアプリの他に、新規インストールされたと思われるアプリがあった。

 なぜそう思うかと言うと、アイコンに〝New!〟の文字が付いているからだ。


『マスターと同化した携帯スマホを、遠隔制御できるようになったよ。これでマスターが直接携帯スマホを操作できるよ』


 おお、これでタイムにアレヤコレヤ言わなくても使えるのはありがたい。


「それが身分証なのよ?」

「みたいだな」

「ちょっと貸すのよ」


 貸してと言ったくせに、奪い取るのは止めてほしい。


「お、おい」


 早速携帯スマホを操作してなにかをしようとしている。


「動かないのよ」


 操作しているところを覗き込んでみる。

 確かにタップしようがスワイプしようがロングタップしようが、とにかくなにをしても動かなかった。

 試しに俺がスワイプしてみると、普通にスクロールした。


「動かないのは……えっと、静電容量式スイッチ? を動作させるための……静電容量変化、が検出できないからって言ってる」

「……そういうことなのよ。わかったのよ」

「え、分かったのか?」

「簡単に言うのよ、魔力ではなく電力に反応するってことなのよ」


 なるほど。確かにこの世界のセンサー類は魔力に反応するから、俺だとまったく動かない。

 だから逆にこの携帯スマホのセンサーは魔力に反応しないから動かない。そういうことか。


「うちたちの身体は魔力はゆうすけど、電力はゆうさないのよ」


 電気をゆうさない?

 えーと、ミトコンドリアだっけ、がいないってことか?

 え、じゃあどうやって筋肉を動かすんだ?

 なんかそれを聞いても〝魔力で〟って返されそうだな。


「しかしエイルは凄いな」

「なにがなのよ」

「だって魔法世界の住人なのに、よくそこまで元素世界? のことが分かるなって」

「それは……あれなのよ、全部物語に書いてあるのよ」

「物語に? それって、言い方は悪いけど所詮作り話だろ」

「数千年前なのよ、魔王の圧政に苦しんでいた頃のよ、話なのよ」

「魔王?! やっぱそういう存在が居るのか」


 てことは、魔王を倒して平和を取り戻すことを誰かが望んで、俺を転生させたのか?


「今はもう居ないのよ」

「そうか。……居ないのか」


 じゃあ、なにが目的で俺は転生させられたんだろう。

 必ずなにかあるはずだ。

 じゃなきゃ、俺が輪廻から外れることはなかったんだから。


「魔王の圧政に苦しんでいた者たちなのよ、異世界から勇者を召喚したのよ」

「勇者召喚?!」

「神話の話なのよ。そして、その勇者がもたらした知識なのよ」

「じゃあ、やっぱり勇者も魔法が?」

「伝承だと、普通に使えたのよ」

「使えるのかよ」


 俺は使えないのに。

 一般人と勇者の壁は厚いってことか。


「勇者がもたらした知識が物語として語り継がれ、今も残ってるのよ。ただ、世界が崩壊した時なのよ、ほとんどが失われてしまったのよ」

「世界が崩壊した?!」

「伝承なのよ、5千年前に星の半分が入れ替わったとされてるのよ」

「入れ替わった?」

「なにと入れ替わったのよ、伝承が残ってないのよ。そして千年前、世界から魔素が消失し始めたのよ。代わりに毒素が蔓延してのよ、世界は狂い出したのよ」

「毒素?」

「ありとあらゆるものを狂わせるものよ。そして人類は生息圏を追われたのよ。600年前に今の結界が張られたのよ、一応の落ち着きは取り戻したのよ」

「前にも言ってたけど、その結界っていうのはなんだ?」

「毒素や毒素に侵されたもの、毒素から生まれたものが入ってこられないようにするものなのよ。人類の生息圏は、その結界の中だけなのよ」

「結界の外には、誰もいないのか?」

「確認できる範囲には居ないのよ」


 結界の外に取り残された人類がほそぼそと暮らしている……なんてこともあるかもな。定番だし。


「伝承は、殆ど残ってないのよ。でも設定を利用して書かれた物語なのよ、今でも書かれてるのよ」


 へー、一度読んでみたいものだな。


「どんな話があるんだ?」

「定番なのよ、剣と銃器のファンタジーなのよ」

「魔法じゃなくて銃器なんだ」

「当たり前なのよ。魔法にファンタジー要素なんてないのよ」

「そ、そうなんだ」


 魔法世界だからな。それが日常なんだから、ファンタジーになんかならないか。

 だからって銃器かよ……


「機械王に攫われたお姫様を」

「待った待った。機械王ってなんだ?!」

「機械の王様なのよ。元素世界なら普通でしょ」

「魔法世界に魔王が居るのは当たり前、みたいに言わないでくれ。少なくとも俺の世界には居なかったよ」

「そうなのよ? 文明レベルの低いところから来たのよ」


 機械王が居ないと低いのか?

 さじ加減が分からない。


「機械王に攫われたお姫様を騎士が助けるのよ、お姫様と結婚するのよ」


 機械王ってのはよく分からないが、話の内容は王道って感じだな。


「それが古典勇者小説の定番なのよ。今はもっといろいろな種類があるのよ」


 あれ? 魔王の圧制から民衆を救う勇者の話じゃないの?

 それにお姫様を救う騎士の話なのに、古典勇者小説?

 どういうことだ。

 ま、騎士が姫を助けることで勇者になったってことなのかな。


「そうなんだ。その話に出てくる科学が、エイルの知識の源なのか」

「そうなのよ。勇者様の知識だから、正しいのよ」


 うーん……いや、否定するのは止めておこう。

 俺がいた世界から召喚されたとは限らないからな。

 管理者の話だと、世界はいっぱいあるみたいだから。

 同じ元素世界だとしても、発展具合や方向とかで、差異は出てくるんだろう。


「そんな事はいいのよ。身分証として使えるのよ、うちと相互登録するのよ」

「相互登録?」

「登録しておくのよ、通話や通信ができるようになるのよ」

「連絡先交換みたいなことか」

「じゃあ登録するのよ」

「どうするんだ?」

「身分証を接触させるのよ、登録許可すれば終わりなのよ」


 エイルが差し出した身分証に、俺の携帯スマホを接触させる。

 ……特になにも起こらない。


「登録されないのよ」


 もしかして、また魔力の壁なのか?

 何度か試してみたが、やはりなにも起こらない。

 通信規格の壁なのだろうか。


「マスター、身分証の利用契約が完了してないから、まだ無理だって」

「利用契約?」

「身分証アプリを起動すれば、後はマスターなら分かるだろ……ってそれはちょっと投げやりじゃない?」


 それを言いたいのは俺なんだけど。


「え? タイムを通して説明するのはかったるい? ぷうー」


 それは同意しかない。

 ともかく、身分証アプリね。これか。

 手順は簡単。お決まりの文句に[了承]をタップしていくだけだ。

 利用規約? まともに読むやつなんて居るのか?

 これで非接触型短距離通信での身分証利用が、できるようになったようだ。

 改めてエイルの身分証にタッチしてみると、今度は通知音と共に、登録の是非を問うメッセージウインドウが携帯スマホに表示された。

 [了承]をタップして、登録を完了させる。


「通話確認してみるのよ」


 エイルが身分証を操作し、電話をかけてよこすと、携帯スマホから着信音が鳴り響いた。

 通話ボタンを押して電話に出る。


「もしもし?」

「通話できるのよ」


 そっけない通話確認が終わると、今度はメールが届いた。

 開いてみると、本文に〝テスト〟とだけ書かれていた。

 事務的過ぎる。

 一応返信をしておく。


 タイトル:Re:

 本文:届いたよ。こっちからはどうかな。



「届いたのよ」


 やはり事務的だ。


「身分証のよ、氏名・年齢・出身地に、現住所と履歴が書かれてるのよ。出身地を見せるのよ」


 身分証だから当然といえば当然か。

 って、氏名?

 名前……本当の名前がわかるのか?

 身分証アプリから、プロフィールを表示させて……あ、これ俺が偽名使ってるのバレるんじゃね?

 本名が分かるのはいいけど、偽名がバレるのと、真名まなを知られるのは良くないな。

 とりあえず見せる前に確認してみよう。


名前  モナカ

種族  サイボーグ族

性別  男

年齢  15歳

誕生月 11月

出身地 クラスク

現住所 クラスク マゴニ・ルニア区 9-12-27

学歴  なし

職業歴 なし

犯罪歴 なし


 ちょっと待て種族!

 サイボーグ族ってなんだ?

 あれか、携帯スマホが身体に混ざっているからなのか?

 まあ、それは百歩譲っていいとして、名前がモナカになってる。

 偽名のはずなんだが、まさかの真名引き当て?! やっぱりクーヤは違うのか。

 で、出身がクラスク……日本じゃない。

 クラスクって何処だよ。

 学歴・職業歴・犯罪歴はなしか。

 学歴なし扱いになってる。年齢的には……今何月だろ。中三か高一なんじゃないのか。

 犯罪歴がないのは幸いだ。

 これなら見せても特に変じゃない……かな。

 エイルに携帯スマホの画面を見せる。


「……なんて書いてあるのよ」


 どうやらエイルには読めないらしい。

 日本語で表示されているんだから、当たり前か。


「なあタイム、翻訳アプリで現地語に翻訳して表示できないか?」

「えっと……やってやれないことはないって。ちょっと待ってね」


 タイムが翻訳アプリを操作している。

 するとエイルの前にウインドウが現れ、そこに翻訳されたプロフィールが表示された。

 タイムも随分とアプリの扱いに慣れてきたもんだな。


「年齢は……同い……1つ上なのよ」


 てことは、エイルは14なのかな。


「出身が第十都市クラスクなのよ、どういうことなのよ」

「どうと言われても」

「クラスクはここのことなのよ。現住所はうちの住所なのよ」


 身分証がここに住めと言っているようだ。

 このプロフィールって、やっぱり管理者が用意したものなんだろうな。

 偽造なのか? ちゃんと使えるのかな。

 でも通話とかはできたし……


「あんた、本当の出身地は何処なのよ!」

「日本だよ……多分」

「多分なのよ?」

「一部の記憶がないんだよ。だから本当に日本出身かと言われると、わからないんだ」

「記憶喪失なのよ?」

「ああ、転生する対価とし――」

「モナカは転生者なのよ?!」

「あ、ああ」

「転移者だと思ってたのよ」

「なんで転移者だと思ったんだ?」

「モナカは、赤ん坊じゃないのよ」

「そういうことか。向こうの都合なんだろ」

「向こうのなのよ?」

「よくは分からん。とにかく対価として奪われたんだ。だから記憶喪失と言うより、記憶消失かな」

「対価……なのよ? そんなもの……なのよ」

「お陰でなんで転生させられたのか、誰が転生させたのかの心当たりが無いんだ」

「うちが、引き寄せたのかもなのよ」

「エイルが?」

「鉱石の調整に失敗したのよ。その暴走に巻き込んでしまったのよ」

「それは違うと思います」

「タイム?」

「マスターは望まれてここに、この姿で転生したんです。むしろ調整失敗の原因が、マスターの転生なんだと思います。だから、エイルさんは悪くありません。ごめんなさい」

「だとしたらモナカが悪いのよ。タイムちゃんが謝ることないのよ」


 こっちに飛び火してきた。


「えっ、なんで?」

「モナカが転生したから、父さんの鉱石が無くなったのよ。責任を取るのよ」

「どういうことだよ」

「そのまんまの意味なのよ。うちの鉱石狩りに協力するのよ」


 鉱石

 鉱石採取じゃないの? ん? どういう意味だろう。


「協力って……なにさせるつもりだ?」

「護衛なのよ」

「護衛?」

「鉱石を狩る時のよ、護衛をするのよ」


 んー、鉱石を採取しているときに、襲われないように護衛してくれってことかな。

 でも武術とか剣術の心得なんて無いし、魔法だって使えない。

 銃器なんて以ての外。

 所持してるだけで犯罪だったからな。


「俺、戦えないぞ」

「……使えないのよ」


 辛辣だな。


「タダ飯食らいを置いておくほど余裕はないのよ」


 そうだよな。なんとかしてお金を稼ぐ手段を考えないと。

 なんで冒険者ギルドがないんだろう。

 そりゃ日本にも冒険者ギルドなんてなかったけどさ。

 普通のお店で働ける身体じゃないし。魔力的な意味で。

 どうしたものかな。

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