第12話 魔力と電力

「これをはくのよ」


 下駄箱から1足の靴を出してくれた。

 はいてみると、ブカブカではないが少し大きい。

 玄関を出て階段を下りる。外はもう真っ暗だ。

 足下の階段が光っている。もちろん、その中心はエイルさんだ。

 さっきは気が付かなかったが、部屋の中は紙が散乱していた。

 あまり片づいた部屋ではないようだ。


「モナカは本と紙を拾うのよ。拾ったらそこの机の上に置くのよ」


 片づけを手伝ってほしいらしい。

 これから居候になるんだ。このくらいはやろうじゃないか。

 エイルさんは箒とチリトリを使ってゴミを集めている。結構ほこりが立つな。


「これはモナカのなのよ?」


 渡されたのは1つの携帯スマホだった。


「そこに落ちていたのよ」


 俺自身の携帯スマホは身体と融合しているから、多分違うのだろう。

 しかし部屋の主であるエイルさんが知らないものだとすると……タイムの?

 そんなわけないか。


『マスター』


 見覚えがないから返そうかと思ったら、タイムが声をかけてきた。


『なんだ?』

『その携帯スマホ、持っててもらえませんか』

『ん? なんだ、タイムのだったのか』


 やっぱりタイムも俺と同じで死んだ魂だったんだな。

 生前に使っていた……いや、こいつ携帯スマホ使ったことないとか言ってなかったか?


『違うけど、多分大切なものだから』

『そうか、わかった』

「どうしたのよ?」

「いや、なんでもありません。探してたんですよ。ありがとうございます」

「……話し方が堅いのよ。これから一緒に生活するのよ。楽にするのよ」

「あ、そうか。じゃあ、そうする」


 掃き掃除を終えたエイルさんが、本や紙を棚に戻していく。

 俺は拾い終えたので手持ち無沙汰にしていた。


「終わったのよ? なら、ここに手を乗せるのよ」


 例の魔法陣に手を乗せるように言われた。

 言われるがまま、手を乗せる。

 エイルさんがノートパソコンっぽいものを、キーボードを操作するように、なにかしている。

 マウス的なものは無さそうだ。


「そのまま手を乗せておくのよ」


 そう言うと、再び棚の整理に戻っていった。

 暫くすると、今度はタイムが乗るように言われた。

 同じようになにか操作をし終えると、棚の整理に戻っていった。

 暫くして棚の整理を終えたのか、作業机につき、ノートパソコンのモニターを確認している。

 後ろから覗き込んでみた。

 これがこの世界のノートパソコン?

 ただの石板に、モニター……なのだろうか、画像が石版の上に幾つか浮いていた。

 マルチモニターなのか?

 操作方法が独特だ。

 ただ手を乗せているだけのようにも思える。

 時折撫でたり、キーのように叩いたり、指で円を描いたり……と。

 その動きにあわせて石版に光が走った。

 イルミネーションキーボードっぽい。

 時折表示されたものを直接触っている。

 とにかく、マウスとキーボードとかではない。


「珍しいのよ?」

「まあ、俺が知っているパソコンと操作方法がぜんぜん違うからな」

「これは専用端末なのよ。少し特殊なのよ」


 なるほど。なら普通のは似ているのかな。


「もういいのよ。確認は終わったのよ」

「あいさー!」


 ぴしっと敬礼をして俺の肩に飛び戻る。

 飛び上がっているのではなく、文字通り、空を飛んでいるな。


「まず1つ目なのよ。2人とも魔力が無いのよ。そして2つ目なのよ。モナカは鉱石と同じなのよ」

「鉱石?!」

「たぶん、父さんの鉱石がモナカなのよ」


 鉱石が俺って、どういうことだ?


「いいのよ。うちと一緒に魔法陣に手を乗せるのよ」


 魔法陣の上に、並んで手を乗せる。


「これを見るのよ」


 エイルさんが手を伸ばすと、1枚のモニターが引き寄せられた。

 モニターを摘み、2人で見られるように宙に置いた。


「うちの手の形が赤く表示されてるのよ。でもモナカの手は表示されてないのよ」


 確かにエイルさんの手ははっきりとモニターに映し出されているが、俺の手は表示されていない。


「次にこれを見るのよ」


 エイルさんがモニターを裏返してくれた。

 今度はエイルさんの手が赤くなっているのは変わらないが、俺の手は真っ白に表示されていた。


「さっきのは魔力濃度なのよ。これは魔素濃度なのよ。生き物ならだいたい赤から緑なのよ」


 濃度は青から赤、緑と変化し、黄色を経て白くなるほど濃いようだ。

 エイルさんは手をどけると、ポケットから取り出した石を、代わりに魔法陣の上に置いた。


「モナカの手は白いでしょ。そしてこの鉱石も白いのよ。それだけ魔素密度が高いってことなのよ」

「そもそも魔素って、具体的にはなんなんだ?」

「すべての源なのよ。モナカの世界は元素で構成されてるのよ?」


 元素って言うと、水素とか酸素とか鉄とかだっけ。

 確かにそう言われればそうだな。


「まあ、確かに」

「それと同じなのよ。この世界は元素じゃなくて、魔素で構成されているのよ」

「魔素にも水素とか酸素とかあるのか?」

「そういうのはないのよ。魔素は魔素なのよ」


 つまり、単一元素で構成されているってことか?


「魔素の在り方で、なにになるかが決まってくるのよ」


 ナルホドワカラン。在り方ってなんだ?

 まあ、元素世界の者が、魔素世界を簡単に理解できたら苦労しないか。


「つまり、モナカは元素の塊なのよ。同時に魔素の固まりなのよ」

「どういうことだよ。分かるように説明してくれ」

「まだ仮説なのよ。だから、仮説が正しいか実験するのよ」

「どうやって?」

「これからモナカに魔力を流すのよ」

「魔力合わせって奴か?」

「物語の中の話を持ち込まないのよ」


 科学に関してはめっちゃ物語の中の話を持ってきてませんか?


「いいのよ、うちの手を握るのよ」


 エイルさんが両手を差し出してきたので、その手を取る。


「じゃあ、やるのよ」


 そう言った瞬間、握った手から火花が散って、2人は反発しあった。


「きゃあ!」

「いってー!」

「ぎにゃあ!」


 強烈な静電気の一撃を食らったような感じだ。


「ちょっと、大丈夫なのよ!」


 エイルさんが自分よりも俺のことを心配してくれている。

 結構優しいところがあるんだな。


「大丈夫なのよ? 何処も欠けてないのよ?」


 ん? 欠けてない?

 おかしいな。普通は「怪我してない?」じゃないのか?

 あ! もしかして爪が欠けてないか心配してくれてるのかな。


「欠けは……無さそうなのよ」


 そう言って、俺の手のひらを撫で回している。

 ……手のひら?


「いやいや、手が欠けるわけ無いだろ」

「密度の濃い魔素は欠けるのよ」


 念入りに俺の両腕に欠けがないか、確認している。

 大丈夫、欠けませんから。


「それよりタイム、お前は大丈夫なのか? カエルが潰れたみたいな声出してたけど」

「マスター! それはあまりにも失礼というものでは?」


 ほっぺたを膨らませて不満そうだ。

 ただのカエルではなく、ガマだったか。


「タイムは女の子なんですよ」

「え? ……あ」


 じゃなくて、女の子だったか。


「そっか。ごめん」

「しょうがないですね。許します」

「モナカが物凄く失礼なこと言ってるのよ」

「そうか?」

「そうですよ。こんな可愛い女の子を捕まえてカエルだなんて。ぷんぷん」

「あはは、悪かったって」

「そこじゃないのよ」


 何処だというんだ。


「なんにしても、タイムも大丈夫みたいだな」

「はい! タイムは大丈夫です」


 またショートして落ちられても困るからな。

 でも、魔力って電気なのか?

 派手にスパークしたけど。


「どうやら仮説は棄却しなきゃならないのよ。やっぱり魔素と元素は別物なのよ」

「別物だとなにか問題でもあるのか?」

「大ありなのよ」


 端末を操作すると、更に幾つもの画面が表示された。


「まずモナカの体組織の維持問題なのよ。ここの食べ物はすべて魔素と魔力でできているのよ。理論的に言うのよ、いくら食べても身体にはならないのよ」

「それってつまり?」

「餓死するしかないのよ」

「食べているのにか?!」

「いくら砂を食べても、お腹いっぱいになるのよ、栄養にはならないのよ」


 言われてみればその通りだ。

 食べ物が合わない。

 これは大問題だ。


「どうすればいい?」

「どうにもならないのよ」


 余命数日。そういうことなのか。


「だから経過を見るのよ」

「なにを見るんだ?」

「今日食べた物がどんな形で消化されてるのよ、判断するのよ」

「な、なるほ……ど?」

「明日のトイレで排泄物を確認するのよ」

「なん……だと」


 それはちょっとレベル高くないですか?


「きちんと消化されて出てきてるのよ、なんらかの方法で栄養になってるのよ」

「排泄物を見られるとか、どんな羞恥プレイだよ!」

「安心するのよ。甥っ子のおむつ交換で見慣れてるのよ」


 意味不明な甥っ子押しがやってきた。

 今度はおむつ交換かよ。


「赤ん坊と一緒にするなー!」

「子供には変わらないのよ」

「お前も子供だろうがっ」

「生きるか死ぬかの問題なのよ。些細なことなのよ」

「エイルさんは色々と慣れすぎですっ」

「エイルでいいのよ」

「え……あ、はい」


 女の子を呼び捨てとか、ちょっとハードル高いんだよな。

 まあでも、これから長く世話になるんだから、慣れないとな。


「じゃなくて、このタイミングで言わなくてもいいでしょ」

「どのタイミングでも一緒なのよ」


 ダメだ、勝てる要素が見つからない。


「じゃあ次の話をするのよ」

「勝手に次に行くなよ」

「うるさいのよ。細かい男はモテないのよ」

「細かくないよ!」

「モナカは身分証がないのよ」

「身分証?」


 エイルが名刺サイズの薄い板を、腰のポシェットから取り出した。


「身分を証明するのは当然なのよ、これがないと外に出ることも難しいのよ」

「それって、何処で発行してもらえるんだ?」


 定番だと冒険者ギルドとか商業ギルドなのだが、そういったところはないらしいし。

 普通に市役所的な公共機関があるのかな。

 どうなんだろう。


「無理なのよ」

「無理?」

「モナカはまず戸籍がないのよ」


 そりゃ異世界から来たんだから、ここで生まれたっていう記録がないよな。


「え、じゃあ何処か裏組織で偽造してもらわないと手に入らないってことか?」

「なに物騒なこと言ってるのよ。そんなの無理に決まってるのよ」

「じゃあどうするんだよ」

「どうにもならないのよ。身分証が必要なことが一切できないだけなのよ」


 一切できないって、結構厳しいな。


「例えば?」

「ありすぎて説明が面倒なのよ」


 そんなにか。

 そうなると、無いっていうのはまずいな。

 どうしよう。

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