第11話 魔力欠乏症

「ほら、冷める前に食べるのよ」

「あ、はい。いただきます」


 肩の上でむくれているタイムをよそに、ご飯を食べ始めた。

 ご飯はふっくらと炊きあがっている。

 異世界に来てもお米が食べられるのは良かった。

 噛みしめると甘みがふわっと口の中に広がった。

 肉野菜炒めは……キャベツとモヤシとニンジンとピーマンかな?

 肉は豚っぽい?

 野菜の量に負けず、肉もガッツリ入っている。

 野菜ははシャキシャキしていて、歯ごたえがある。

 苦いかと思ったピーマンも、思ったほど苦くなく、アクセントになっている。

 肉に臭みはなく、結構簡単に噛み切れるほど柔らかい。

 肉汁が口の中に広がるほど出てくる。

 なのに脂身は控えめで、ギトギトしていない。

 少し濃いめの味付けが、ご飯とよく合う。

 玉子焼は中が半熟になっていて、とろりとした卵液が皿に流れた。

 これはパンですくって食べたいところだが、ご飯の上にかけ流すのも悪くない。

 味付けは甘めだ。

 スープはよく煮込まれてて温かく、野菜とベーコンの旨味が口の中を支配した。

 少しとろみがあるけど、なにが入っているんだろう。

 4人分のおかずが、どんどんなくなっていく。

 ご飯もお代わりして、たくさん食べた。

 にもかかわらず、全然お腹がいっぱいにならない。

 腹八分とは言うが、それすら遠く感じる。

 もしかして、この新しい身体という奴は、底なしなのか?

 トレイシーさんが作ってくれたものを、全部平らげても足りなかった。


「たくさん食べてくれるのね。おばさん嬉しいわ」

「居候のくせのよ、食べ過ぎなのよ」

「い、居候?」

「他に行くあてがあるのよ?」

「いえ、ありません」

「なら、ここに居候するしかないのよ」

「あらあら。今日連れてこられたと思ったら、もう同棲を始めるのですね」

「同棲じゃないのよ! モナカは大切なモル……検体なのよ」


 モルってなんだ、モルって!


「ふたりとものよ、台所に来るのよ」


 台所でなにをすると言うんだ?

 検体……はっ、まさか解剖とかか?!


「あの、痛くしないでくださいね」

「なにを言ってるのよ」


 流しに用があるようだ。


「母さん、水を出してもらえるのよ」

「はい、いいですよ。こうですか?」


 蛇口に軽く触ると、水が流れ出した。


「ありがとうなのよ」


 もう一度トレイシーさんが触ると、水が止まった。


「次はモナカなのよ。母さんがしたようにしのよ、水を出すのよ」

「お、おう」


 と言っても、今までの経験からして、絶対水が出ないよな。

 同じように蛇口に触ってみるも、やはり水が出ることはなかった。


「あら、お水が出ないわね。どうしたのかしら」

「モナカは異世界人なのよ、魔力を持ってないのよ」


 え、トレイシーさんに異世界人だって言っちゃうのかよ。

 内緒にはしてくれないんだ。


「モナカさん、そうなんですか?」


 ちょっと困ったような顔をしている。無理もない。

 いきなり〝異世界人です〟とか言われても、受け入れられるはずもない。


「いや、えっと……その……はい」


 とはいえ、もう隠しても意味がない。

 タイムのことも見られたわけだし、普通じゃないのはバレている。


「モナカは扉も開けられないのよ。扉もモナカを認識できずに閉まってしまうのよ」

「あらあら、それは大変ですね」


 大変で済ませてしまうトレイシーさんは、肝が座っている。

 それとも、エイルさんの話を軽く流しているだけなのだろうか。


「そうなのよ。だからうちが世話をしないと、モナカは死んでしまうのよ」


 え、そういう話の流れになるの?


「だからうちに置いといてもいいのよ?」


 気のせいかな。

 拾ってきた犬を〝飼ってもいい?〟ってねだる子供に見えるのは。


「そうね。ちゃんとお世話するのよ」

「分かってるのよ」


 ちょっと待って。完全に拾われてきた犬扱いなんですけど。


「いいんですか、そんな軽いノリで決めてしまって」

「でも、モナカさんだってここで放り出されても困るんじゃありませんか?」

「そうなんですけど……」

「なら、エイルさんのこと、よろしくお願いしますね」


 あれ? 逆になってない?


「違うのよ。うちがモナカを世話するのよ!」

「そうね。モナカさん、こんな子ですけどお願いしますね」

「母さんってば!」

「はいはい、母さんは食器を洗ってしまいますね」


 そう言って食卓に戻ると、天板を軽く叩いた。

 すると食器がふわっと浮かび上がり、流しへと飛んでいった。

 どういう仕組なんだろう。


「もうなのよ!」


 エイルさんが茶の間から出ていこうとするから、後をついていく。


「トイレなのよ。ついてこないのよ」

「ごめん」


 トレイシーさんがスポンジを揉むと、泡立ってきた。

 これもあのタオルと同じ仕組みなんだろうか。

 手伝おうかと思ったが、スポンジ1つ泡立たせられない俺には、なにもできないだろう。

 お皿は飛ぶのに、食洗機はないのか。


「ごめんなさいね」

「え?」

「モナカさん、魔力欠乏症なんでしょ」

「魔力欠乏症?」

「普通の人の魔力が100だとしたら、魔力欠乏症の人は10未満しかないんです。そうなると、普通の設備だと使うことができないんです。専用の設備を使うか、補助装置を使うかしかないんです。ただ、難病指定はされているんですが、補助金が出ないんです。申し訳ないのですが、物自体も結構高価なのでうちではご用意できません」

「いえ、そこまでお世話になろうとは思っていませんから」


 魔力欠乏症か。異世界人だとかかりやすいのかな。

 それとも、異世界人特有なのだろうか。


「場所によっては、忌み子とか不死者とか言われて迫害にあう方もおられるんですよ」


 忌み子というのはよくある話だが、どう転んだら不死者になるんだ。


「不死者ですか?」

「ええ。老衰で亡くなられる方でさえ、低くても30前後なんです。だから生きていられる事自体が不思議なんです」

「だから不死者ですか」

「それなのに、異世界人だなんて変なことを言って。気を悪くなさらないでくださいね」

「いえ、本当のことですから」

「ふふ、モナカさんは優しいんですね」

「そうですか?」

「そうですよ。エイルさんは異世界に憧れを持っているだけなんです」

「異世界に?」

「特に科学世界が好きなんです。そういったお話もよく読んでいらっしゃるんですよ。純粋な科学世界の住人は魔力を持たない。それが定番の設定だそうです」


 なるほど。俺の魔力が0だから、物語の知識で異世界人だって思ったのか。

 確かに。元の世界で魔法が使えるやつが現れたら、同じように思うかも知れない。

 脳が理解を拒否して、ただの手品師と思う可能性もあるけど。


「だから、無理にエイルさんの設定に付き合わなくても、いいんですよ」


 だから俺のことを優しいって思ったのか。

 違うんですよ。俺は本当に異世界人なんです。

 でも、トレイシーさんの前では、魔力欠乏症でいよう。


「無理はしていません。むしろ感謝しています。エイルさんに見捨てられたら、野垂れ死ぬ自信があります」

「ふふ、ありがとうございます。明日はもっと多めに作っておきますね。欠乏症の人は、大食いという話ですから」

「う……ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。子供はそんなこと気にしなくて」

「気にするのよ」


 エイルがトイレから戻ってきたようだ。


「明日から食費が大変なのよ。働かざるもの食うべからずなのよ」


 確かに、それはそのとおりだ。


「エイルさん、そんな事言わないの」


 これから世話になる以上、少しはお金を入れないと悪いと思う。

 自分の食う分くらいは稼がないと……となると定番は冒険者ギルドか。


「なら、冒険者ギルドにでも登録して、仕事を斡旋してもらおうかな」

「冒険者ギルドなのよ?」

「定番だろ」

「そんなものはないのよ。ここは魔法世界なのよ。科学世界じゃないのよ」


 いや、普通逆じゃないのか?


「大昔にはあったらしいのよ。今は結界があるから、そういうのはなくなったのよ」

「結界?」

「後で話すのよ。さ、下の部屋に戻るのよ」

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