第10話 フリーズしたら再起動
カーテンをくぐると、食卓にご飯が並べられている。
エイルさんのお母さんは、カウンターの向こう側の台所にいた。
「こんばんは、お邪魔してます」
「はい、こんばんは」
「僕はモナカと申します。家名はありません」
「はい、モナカさんですね。私はエイルさんの母で、トレイシー・セント・ターナーといいます。エイルさんのこと、よろしくお願いしますね」
「母さん!」
よろしくと言われても……どちらかというと、俺が世話になる方なんだけどな。
「こちらこそ、お世話になります」
「あんたもなに言ってるのよ!」
あれ?!
お、お世話してくれないの?
さっきはトイレの世話も焼いてくれるような話してくれたのに。
「いいのよ、さっさとそこに座るのよ」
食卓には椅子が片側に3脚。両側で合計6脚あった。
手前の真ん中に座るように促されたので、素直にそこに座った。
食卓には肉と野菜の炒めものと、玉子焼きが並んでいた。
エイルは俺の隣に座ってきた。まさか食事まで……なのか?
「お米は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「エイルさんがお米を好きなんですよ」
「そうなんですか」
パン食じゃなくて、米食か。てことは、味噌と醤油もあるのかな。
食における異世界3大無いものの1つがあるのが、確定した。
ということは、汁物は味噌汁かっ!
トレイシーさんがご飯を茶碗によそってカウンターに置くと、茶碗がすっと浮かび上がって目の前に配膳された。
「茶碗が飛んでる……」
続けて3膳が、順に飛んで配膳されていった。
「当たり前なのよ。科学と違って魔法なのよ」
そういわれると納得するしかない。
「母さんが料理しのよ、皿に盛りつけのよ、食卓まで運んでこないといけないのよ」
それは科学も同じなんだけどな。皿は飛ばないけど。
「科学みたいに完成品が食卓の下からせり上がってきたりはしないのよ」
なんだそれは。科学に対する偏見が酷い。
「ふふ、エイルさんは本当に科学のお話が好きですね」
ご飯に続いて汁物が4椀飛んで配膳された。こぼれないのは凄い。
俺があのスピードで運んだら、絶対にこぼす自信がある。
野菜と……これはベーコンかな、のスープだ。味噌汁ではなかった。
「母さん、今日も作ってくれて、ありがとうなのよ」
「ふふ、どういたしまして」
トレイシーさんが台所を出てきて、向かい側に座った。
「あんたも言うのよ」
エイルに肘でわき腹をつつかれた。
「えーと、トレイシーさん、ありがとうございます」
「はい、いっぱい食べてくださいね。お代わりもありますから」
「食べる前に、作ってくれた人に感謝するのが礼儀なのよ」
〝いただきます〟みたいなものか。
トレイシーさんは辺りを見回して、誰かを捜しているみたいだ。
「もう1人、女の子の声がしたと思ったのだけれど」
もしかしてタイムのことかな。
「そうなのよ。タイムちゃんはどうしたのよ」
「それが、シャワーを浴びる前まではいたんだけど、見当たらなくて」
『タイム!』
返事がない。まさか魂に戻ってしまったのか?
いきなり目の前にウインドウがすっと表れた。
「うわっ」
「な、なんなのよ。いきなり大きな声を出さないのよ」
「ほら、これこれ。メッセージウインドウが見えるでしょ」
「……見えないのよ」
「ごめんなさいね。おばさんにはなにも見えないわ」
どうやら2人には見えないらしい。
「今、読みますね。えーと、〝思考エラーが発生したため、
「どういう意味なのよ」
「
「あの子、人工知能だったのよ?!」
「あ、ああ、多分」
魂だと思うけど……実際はどうなんだろう。
「だからそれを再起動すれば直るってことかと」
「どうして思考エラーなんて起こったのよ」
「分かりません!」
多分シャワー室での1件に、思考が追いつかなかったんだろう。
でもそれをトレイシーさんの前では言いたくない。
「とにかく、再起動してみます」
ウインドウの[再起動]をタップする。
起動シークエンスメッセージが、ウインドウに流れる。
暫くするとウインドウが消えた。
……なにも起こらない?
「タイム?」
返事がない。
静寂の中、なにかが聞こえた気がする。
「どうなったのよ」
「しー!」
かすかに聞こえる呼吸音。
というよりこれは……寝息?
「タイム? お前寝てんのか?」
『うにゅ……にゃあ? ましゅたあ? にゃよんれるろ……にゅーzzz』
うん、こいつ完全に寝てるな。
「寝てるのよ?」
「完全に寝てますね」
姿が見えないから叩き起こすことができない。叫ぶか。
『おーきーろー!』
『にゃあ! はい、寝てません! 起きてます! 大丈夫です! タイムは元気です!』
『それはいいから、姿を見せろ』
『あ、ふぁ、ぁぁぁい』
あくびをするなあくびを!
何処からともなく、肩の上に表れた。
「お、おはようございます?」
それ、寝てましたって認めてないか?
「この人がエイルさんのお母さんのトレイシー・セント・ターナーさんだ」
「初めまして。マスターのサポーターのタイム・ラットと申します」
相も変わらずスカートの裾を持って挨拶をする。
「モナカ? タイムちゃんは何処なのよ」
「え? だからここに……」
「まだ見えないのよ」
トレイシーさんも首を傾げて分からないといった顔をしている。
「
「えっと……落としてないよ」
ん? 言い方が引っかかるな。
「動いてて表示されていないのか?」
「んー……動いてる?」
「だから、起動しているのか?」
「起動は最初にしたよね」
「いや、だからだな……」
なんでこのタイミングで基本的なことを説明しないといけないんだ。
誰だよこいつサポートに選んだやつは。
「あんたなに1人でブツブツ言ってるのよ」
「え? だからタイムが……え?」
タイムの声が聞こえていないのか。
「だーもう、いいからもう1回起動しろ!」
「にゃー! う……ごめんなさい。えっと……どうするんだっけ」
管理者さん。本当にご褒美期待してもいいんでしょうね。
「アプリ一覧? ってどれ? うう……これ? ふにゅ! うんと……ゲントーキ? は……これ? をタップするのね。……おお! 次は? え? 終わり? これでいいの? ん、分かったー」
どうやら起動し終えたらしい。
これで見えるようになったかな。
「あ、タイムちゃんが見えるのよ」
「あなたがタイムちゃん? ちょっとご飯多かったかしら」
あ、気になるのは、そこなんだ。
「はい、初めましてトレイシーさん。タイム・ラットっと申します。よろしくお願いします」
本日4度目のスカートつまみだ。成功率は半々だけどね。
「あの、ご飯を用意していただいて恐縮なのですが、タイムはご飯が食べられません。食べる必要もありません」
「あら、そうなの?」
「はい、すみません」
まあ本体は
でも魂ってなんらかのエネルギー的なものの補充は要らないのか?
「マスターが食べたものが、タイムの力になります。だからマスター、タイムの分もいっぱい食べてくださいね」
なるほど。……寄生獣?!
同化してるんだから当たり前なのか?
「わかった。俺がいっぱい食べれば、タイムも大きくなれるかもな」
「う……やっぱり、マスターもエイルさんみたいに大きい方が好きなんですか?」
ん? そんなに大きくないと思うけど……。小学校高学年くらいだし。
というか、なぜそこで胸を押さえる。普通頭だろ。
「んー、もう少し大きい方がいいかな」
「ふええ?! も、もっとですか?」
「まあ、タイムは小さすぎるからな。撫でるのにも気を使うだろ」
「な、な、な、撫でるんですか?!」
顔を真っ赤にして半身になって構えるほど、嫌らしい。
「そんなに嫌だったのか?」
「あ、当たり前です! マスターに触られるのならともかく、マスターに触られるのは嫌です!」
相変わらずなにを言っているのか分からん。
しかし嫌なのか。ちょっとショック。
嫌がっているようには見えなかったけど、今後は頭を撫でるのは自重しよう。
「そんなに触りたいのよ、うちのを触らせてやるのよ」
「え、なんで?」
胸を張って言うほどのことだろうか。
シャワー室で直に見たばかりだから、なんか直視しづらい。
思わず目をそらしてしまった。
「甥っ子で慣れてるのよ。気にしなくていいのよ」
え、甥っ子の頭を撫でてやるんじゃなくて、甥っ子に頭を撫でてもらうことに慣れてるってこと?
甥っ子って、一体何者なんだ。
「はは、ありがとう」
きっと慰めてくれているんだろう。
早速エイルさんの頭をナデナデしてみる。
タイムと比べると、短くて髪質が堅いな。
「な、なにすんのよ!」
ええ?! なんでそんなに嫌がるんだよ。
「なにって……さっき触ってもいいって言っただろ?」
なにその怪訝そうな顔は。
トレイシーさんも、〝えっ〟ていう顔してるし。
タイムは……固まって動かなくなった?
「……タイムちゃんのなにが小さいのよ?」
「なにって、身長以外になにがあると……?」
あれ? なんで黙っちゃうの?
なんか2人の視線が痛い。
タイムが真っ赤な顔をして、無言で俺のほっぺたを叩きまくる。
全く痛くないからいいけど。
「あははは、なんだよー止めろよー」
じゃれてくる子犬みたいで可愛いな。
「今のはモナカが悪いのよ」
「え?! なんで?」
いきなり悪者扱い?!
「モナカさん、女の子をいじめたらダメですよ」
「いや、いじめてなんか……」
エイルさんとトレイシーさんに無言で見つめられる。
え、俺が悪いの? 俺、なにしたの?? 訳が分からないよ。
「えと……ごめんなさい?」
2人はやれやれといった感じで、ご飯を食べ始めた。
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