第9話 ゼロだから始まる異世界介護生活

 扉が開いて明かりが点いたと思ったら、全裸の少女がタオル片手に入ってきた。

 やっぱり痴女なのか!


「なにやってんの!」


 反射的に股間を隠した。

 俺の胸ほどまでしかない身長の少女が、目の前に全裸で何処も隠すことなく立っている。

 身長とは裏腹に、結構育っているのではなかろうか。目のやり場に困る。


「……おっきい」


 タイムは自分のものと見比べてショックを受けているようだ。

 お前はお前でなにやってんだよ。

 服を着ていた時はそんな風に見えなかったんだけど。

 サラシでも巻いていたんだろうか。


「これが一番楽なのよ」


 なにが楽だというのか。


「恥じらいはないのかよ!」

「騒がないのよ。子供相手に恥ずかしいもなにもないのよ」

「お前も子供だろ!」


 どう見ても小学生くらいの身長だ。

 異世界ともなると、背が高めってのがセオリーだから、見た目以上に幼いのではないか?


「うるさいのよ。せめて皮が剥けてからにするのよ」

「きゃーエッチ!」


 真性じゃないもん、仮性だもん。


「皮……剥け……」

「タ、タイムさん?!」


 こいつ、上の空になって目の焦点が合ってないぞ。


「男なら堂々とするのよ」


 エイルさんは色々と堂々としすぎです。

 せめてそのタオルで隠してください。


「甥っ子の方が堂々としてたのよ。まったく、甥っ子よりちっさいのよ」

「ちっさくないよ!」

「何処のことだと思ってるのよ。気にしてるから勘違いするのよ」


 エイルさんはなんでこんなにも堂々としていられるんだ?

 甥っ子って……、ちょっと待て! 甥っ子がいるような歳に見えないんだけど。

 甥ってあれだよな。兄弟姉妹の息子……であってるよね。

 従姉弟いとこ……とかじゃないのか?!

 もしかしてロリババアなのか?

 つまり長命の……ドワーフとかかな。身長的にエルフはないか。ホビットとか?


「ほら、シャワーを浴びるのよ」


 エイルさんが壁に手を当てると、天井からお湯が出てきた。

 温かいお湯が2人を……包まなかった。

 エイルさんの真上からだけ、お湯が降ってきている。

 まるで傘の内側にだけ雨が降っているかのような状態だ。


「ほら、もっとくっつくのよ」

「ふえ?!」

「そんなに離れてたら、浴びられないのよ」


 確かにそうなのだが。それはあれか、相合い傘のように密着しろと?


「む、無理無理無理!」

「無理じゃないのよ」


 腕を捕まれてぐいっと引き寄せられた。

 柔らかい2つの感触が、腹を刺激する。

 おかしいな。

 温かいお湯を全身に浴びているはずなのに、それ以上にお腹が熱く感じるぞ。

 息子よ、耐えるんだ。立ち上がろうとするんじゃない!


「さっさと汗を流すのよ」


 エイルさんと一緒に汗を流す。

 時折肌と肌が接触しては、反射的に離れた。

 もちろん、エイルさんはまったく動じていない。

 これなんて羞恥プレイ?

 エイルさんはなんで平気なのだろう。

 やっぱりロリババア……なのか?

 そんなことを思っていたら、エイルさんが壁に触ってシャワーを止めた。


「この椅子に座るのよ」


 銭湯にあるような丸い椅子が、足下にあった。

 言われるがままに椅子に座る。息子は太股の間に隠れてもらった。


「背中、洗ってあげるのよ」

「い、いいよ。そのくらい、自分でできますから」

「無理なのよ」


 タオルを手渡された。


「お湯に浸けて揉んでみるのよ」


 手桶に溜まったお湯に浸けて揉んでみる。

 待てよ。これにお湯を入れてもらって、かけ流せばよかったんじゃないのか?

 とにかく、揉んではみたがなにも起こらない。


「ほら、なにも起こらないのよ」


 手を差し出されたので、タオルを返した。

 エイルさんが揉むと、見事に泡立った。


「魔力がないと泡立たないのよ。おとなしく洗われるのよ」

「どういうことですか?」

「それは後で話すのよ。今は素直に洗われるのよ」


 誰かに背中を洗ってもらうなんて、いつぶりだろう。

 ……いや、覚えていないけどさ。

 多分子供の頃に、お父さんとかお母さんと洗いっこくらいはしたと思うんだよね。

 気持ちいいな……と思っていると、エイルさんが前に回り込んできた。


「ちょ! 前は自分で洗うから!」

「甥っ子で慣れてるのよ。優しくしてやるから、安心するのよ」


 甥っ子と一緒に入って体を洗ってあげているのか。優しいな。

 でも今はそんな優しさは要らない。

 というか、色々丸見えだから前に来ないでほしい。


「その泡立ったタオルを渡してくれれば、自分で洗うから!」


 自分で泡立てられないのなら、泡立ったものを借りればいい。

 そう思ったのだが、ため息をつかれてしまった。


「まだ理解してないのよ」


 そういいながら、タオルを渡された。


「さっき後で説明するって言ったじゃないですか。」

「うるさいのよ。細かいことを気にする男はモテないのよ」


 受け取ると、あっという間に泡がはじけて消えた。なにこれ。

 そういえば、身体に付いていた泡も消えているような……


「泡は水のような安定したものとは違うのよ。魔力に触れてないのよ、すぐに消えるのよ」


 魔力至上主義とでもいうのか?

 扉が開かなかったのは、俺に魔力が無いからなのか。


「わかったら、タオルを返すのよ」


 と言いながら、奪い取られてしまった。

 エイルさんが再び揉むと、泡立ってきた。

 不思議なタオルだな。

 感心して見ていると、肩を押さえられた。

 小さな子供とは思えないほど、力がある。

 ゴシゴシと身体が洗われていく。


「いや、だから前は自分で……」

「いい加減観念するのよ」

「やーめーてー!」


 上から順に洗われていくのだが、嫌な予感がする。

 杞憂に終わってほしかったのだが、どうやら現実になるようだ。


「ちょ! そこはデリケートなところだからいいって!」

「デリケートなところだから、ちゃんと洗うのよ」


 前屈みになり、閉じた太股に力を込める。両手で息子をガードし、鉄壁の構えで迎え撃つ。

 これだけ堅牢なら、小さな少女に勝ち目はないだろう。

 などと考えていた時期もあった。

 肩を押さえられたまま、片手で両手首を捕まれ、そのまま頭上へと持ち上げられる。

 膝と膝の間に足がねじ込まれ、ふくらはぎに足を引っかけられると、そのまま足を広げられてしまった。

 ダメだ、力で勝てない。

 お互いが一切を隠すことなく、向かい合うことになった。

 いや、違うな。

 相手は泡で要所が隠されているが、俺には味方になってくれる泡がいない。

 完全にアウェーだった。


「安心するのよ。甥っ子で慣れてるのよ」


 甥っ子万能だな。

 そして、完全敗北を味わうことになった。


「もう、お嫁にいけない」

「安心するのよ。最初から貰い手なんていないのよ」


 意気消沈して椅子に座っている。隠す気力もない。

 もうどうにでもして。

 身体が洗い終わると、今度は頭を洗ってくれた。

 どうして人に頭を洗ってもらうのって、こんなにも気持ちがいいんだろう。

 頭を洗われている最中は泡だらけなんだが、流すために一旦頭から手が放れると、途端に泡が弾けて消えていった。

 ……流す必要あるのかな。そう思うも、ちゃんとお湯で流してくれた。

 やってもらっておいてなんだけど、あまり密着しないでほしい。

 このシャワー、おもしろいことにエイルさんが移動すると、それにあわせて一緒に移動するんだよね。

 まさに傘の内側が雨模様って奴だ。


「ちょっと待つのよ」


 俺を洗い終えると、今度は自分自身を洗い始めた。

 見ているわけにもいかず、背中を向けて待つことにする。

 そういえば、タイムを見かけないな。

 あいつ、どこに行ったんだ?


『タイム? 何処だ!』


 問いかけるも返事がない。

 この時間を利用して、話がしたかったんだけどな。

 エイルさんが洗い終えると、シャワー室を出て体を拭いた。

 用意してもらった服は、ちょっとだけ大きかった。


「トイレはここなのよ」


 脱衣所には3つ扉がある。

 1つは廊下に出る扉。1つはシャワー室に、そして残りの1つがトイレだった。


「行きたくなったのよ、恥ずかしがらずに言うのよ」

「……え?」


 言われてはっと気づいた。


「もしかしてシャワー同様、トイレも?!」

「モナカ1人じゃ入れないのよ、明かりも点かないのよ、水も流せやしないのよ」

「マジか……」


 起きているのに、寝たきりになった気分だ。

 もしかして、こんな恥ずかしい思いを毎日されているのだろうか。

 赤の他人ならまだしも、家族に見られるのは嫌だな。

 それを考えると、俺はまだ幸せなのかも知れない。

 ……待てよ。

 扉も開けられないんだから、監禁されているようなものか?!

 まあ逃げるあてもないし、むしろ気味悪がられないだけ良かったのかも知れない。

 なんでエイルさんは受け入れてくれたのだろう。

 こんなにまで身体を張って。


「母さんが夕飯用意してるのよ。食べるのよ」

「あ、はい。いただきます」


 エイルさんが扉を開ける。


「先に出るのよ。また挟まれたくないのよ」


 言われるままに先に扉をくぐる。今度は背中を削り取られなかった。

 続いてエイルさんが扉をくぐる。


「あっちなのよ」


 先程のカーテンで仕切られた部屋の方へ歩き出す。すると、扉が閉まった。

 俺の時は出るのを待ってくれなかったのに、エイルさんの場合はちゃんと待ってくれる。

 これが魔力の力か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る