(008):「断章8 坊やの大好きなお話」

 

 坊や、泣かないで。

 いつものように、良い子でおねんねしましょうね。

 いいわ。坊やの大好きなお話を聞かせてあげますからね。

 

 ある時代、ある場所に、二人の男女がおりました。

 男の人と女の人はお互いを深く愛し合い、結婚して子供をもうけました。

 男の人は妻と子をとても大切に思っていました。二人がいれば他に何もいらない、と考えるほどに、とてもとても愛していました。

 それから男の人の身の上にはとても不運な出来事が続けざまに起こりましたが、彼は何よりも大切な二人のために困難から逃げませんでした。

 男の人は友達からいわれのない理由で罵られ、嫌われました。

 男の人は情熱を燃やして打ち込んでいた仕事を辞めさせられました。

 男の人は一生懸命に働いて稼いだお金を泥棒に盗まれました。

 男の人は清潔で居心地の良い家を追い出されました。

 様々なものを失っても、それでも男の人は幸せでした。なぜなら、最も大切な家族だけは失わなかったからです。

 

 世の中の災難に見事に耐えきった男の人には、しかしたった一つだけ、自分にはどうしようもない不幸があることを知っていました。

 自分はいずれ、老いて死ぬ。それは将来に必ず起こる、愛する人との別れでした。

 それを受け入れながらも、男の人は後に残される二人のために自分に何かできないかといつも考えていました。

 

 そしてやがて、男の人はその答えを見つけ出しました。

 自分の愛する息子に、彼が持つ最も素晴らしい宝を残してあげようと決めたのです。

 

 やがて男の人の願いは叶いました──妻との愛の結晶、この世にたった一人の自分の血を受け継ぐ息子に、宝物を託すことができました。

 それはいつでも彼を見守り、父親が度々遭遇してきたようなあらゆる不幸から守ってくれる『精霊』でした。

 もう、男の人の子供に心配はありません。

 両親の惜しみない愛情と、『精霊』の力が、彼を強く立派な人間にするでしょう。

 二人の息子は元気で、可愛らしく、素直な心を持った男の子。

 男の子の名前は、『リツキ』……

 

 坊や、あなたのことよ。

 あら、もう眠ってるわ。ふふっ、可愛い……

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