064:「ついにたどり着いたってワケ」

 

「ひょおお────っ! には、にはははははっ!!」

 

 遠近は悲鳴とも笑い声ともつかない奇妙な咆哮を上げながら、拳銃を連射しながら前進する。

 まともな戦闘訓練も受けたことのない遠近の突撃は、ただただ危なっかしいばかりだったが──その見た目とは裏腹に、相対する敵兵は面白いように崩れていた。

 この極限状況で才能が開花したとか、神に愛された天運を発揮したとか、そんな都合のいい話は無論ない。ひとえに、脇に侍る部下の協力の賜物だった。

 クグルノは彼の持つ蠱術『泥狐』の能力を縦横無尽に駆使している。彼の生み出す泥が時に視覚を奪い、時に足元を滑らせ──敵にまともな戦闘態勢を取らせない。

 クリスは的確な援護射撃を行いながら、間断なく身振りや声で指示を出す。彼女子飼いの小部隊──元は盗賊だったという話だが、彼らが指示に応じて神出鬼没の移動攻撃を行い、地形を利用して自由自在に敵の側面、背面から痛撃を浴びせる。

 二人の仕事は効果的で──そしてそれ以上に、静かだった。

 後ろから見れば、まるでわけもわからないうちに遠近の進む道が開けているように見えるだろう。

 

「司令官殿に続けええええっ!」

「いける! 『臆病な梟』を、れるぞっ!」

「おおおおおおおおっ!」

 

 遠近に続く臨時治安部隊の兵たちは興奮し、熱狂する。

 才能も天運も──実は存在しなくとも、そう見えれば人は信じる。

 その誤解による士気の上昇まで計算して二人は動いているのだろう。そう理解していても。

 遠近は、自分の生み出している熱狂に酔いかけていた。

 

 

 

 屍を踏みつけ、血を乗り越えて進んだ先に、遠近達は巨大な屋敷に行き当たった。

 

「間違いないね。ここが『臆病な梟』の本拠地……ついにたどり着いたってワケ」

 

 くるりと振り返る。肩で息をしているクグルノとクリス──その後ろに、百名そこそこの隊員が付いてきていた。ざっと見て損害は二割ほどである。

 木々が邪魔をしてよくは見えないが、後方ではいまだ戦闘が続いていた。遠近の突破は敵陣を真っ二つに切り裂いたが、壊滅には至っていない──逆に自分たちをやり過ごしたことで、態勢を立て直しつつあった。

 

「総司令官殿──友軍の集結に助力しますか」クリスが乱れた金髪を撫でつけながら言う。「我々が反転すれば挟撃の形となり、全体戦力の減耗をいくらかは抑えられますが」

「それも一理ある。あるけど、しなくていいんじゃないの」

 

 軽やかに答える。遠近には、彼に付き従う部下たちの望みが見えていた。

 

「俺たちは先陣を切って突破した。後処理は正規軍に任せときゃいいっしょ──彼らの尻拭いをしてやる暇なんてない。それに」遠近はにやりと笑う。「全軍集結ってことはさ、取り分が減るってことじゃん?」

 

 歓声が沸く。

 高揚と、欲望。二つの効果によって、臨時治安部隊の士気は最高潮に達した。

 

「よく言ったぜ、司令官殿! おっしゃる通りだ!」

「このまま行きましょう! どこまでも付いて行きますぜ!」

「手柄も宝も俺たちのもんだ! お高くとまった正規軍の奴らに分けてやるこたねえ!」

「おーけーおーけー、皆の希望はよーく分かってんよ」遠近は彼らの気勢に笑顔で答えた。「そーゆーワケで、このまま突入すんよー」

 

 その時、クグルノがぴくりと顔を上げた。

 ポケットに手を突っ込んだ棒立ちの姿勢のまま首を巡らし、右方向──屋敷の周辺を見やる。

 

「どした、クグルノっち?」

「総司令官殿──先、行っててくれ。クリス、付いてこい」

「え?」

 

 言い捨てて、妙に確信めいた足取りでクグルノは屋敷の裏手に回る。クリスは少し迷って遠近を見た。

 

「あー、行っていいよ。何か気づいたんでしょ」

「大丈夫ですか?」

「問題ないっしょ。多分、もうここもぬけの殻っぽいし」遠近は「屋敷内にまだ敵勢力がいるならとっくに攻撃受けてるはずだからね。クグルノっちが感じ取った何かの方が重要だと思うわ」

「……ですね。正規軍と交戦中の敵軍が反転してこないかだけ、気を付けてください」

 

 忠告を残し、クリスはクグルノを追って走り去った。

 残された遠近は、部下に命じて扉を蹴破らせ、内部に踏み込んだ。

 

「…………」

 

 荘厳な玄関ホールは静寂に包まれていた──しかし、本来備えているだろう落着きには程遠い状況といえた。屋敷内部は、無残な死体と血痕に満ちていたのだ。

 

「ふうん……俺らが到着する前に、こっちはこっちでひと悶着あったみたいね。わかんねーけど」

 

 正直な感想を漏らしながら、部屋の中心まで歩を進める。そこで、違和感に気づいた。

 玄関ホールに面した部屋の一つ──半分ほど空いた扉から、ちらちらと揺れる光が漏れ出ていた。

 

「火……?」

 

 呟きながら、足早に駆け寄る。

 扉を開けたその部屋は、落ち着いた書斎のようだった──奥の壁に備え付けられた暖炉に火が入っている。ぱちぱちと音を立てて燃えているのは、十冊以上の本と紙束だった。

 

「証拠隠滅……か?」

 

 部下の一人がそう言いながら、そばにあったバケツの水を暖炉にぶちまける。

 おびただしい白煙を上げて火は消えた。

 

「戦況不利と判断して、有用な情報を消したんじゃねえか?」

 

 部下がそう言い、判断を仰ぐように遠近を見やる。曖昧に遠近は頷いた。

 他の部下たちもどやどやと部屋に上がり込み、そこらを検分して回る。

 

「司令官殿──本棚の本は全部なくなってます。綺麗に処分されちまいましたね」

「引き出しの中もスカスカだ」

「いや、待てお前ら──総司令官殿、これを」

 

 部下の人が声を上げ、遠近を呼んだ。

 部屋の隅にシーツを掛けられた盛り上がりがある──彼はそれをめくりあげていた。

 床の上に乱雑に積み上げられた本や紙束が積み上げられていた。

 

「なるほど」遠近は頷く。「時間がない中で、精一杯の隠蔽工作を施したって感じか──これ見よがしに暖炉に資料を突っ込んで、余った分は隠しておく。ぱっと見、全部処分したかのように見せかけると」

「ははあ──苦し紛れっすね。どの道、ちょっと探しゃ見つかっちまうのに」部下の一人が嘲るような表情を浮かべる。「残念ながら、そんな子供だましは通じねえって」

「……いや」

 

 考えながら、遠近は窓際に近寄る。

 

「奴らもそこまで馬鹿じゃないはずだ。むしろ、俺たちがその解答にたどり着いて満足するよう誘ってるかも」

「誘ってる?」

「そ。『処分しようとしたけど結局処分しきれず、残りは隠して逃げ去った』──そう信じたら、燃えさしの本か、隠されていた資料。それらに気を取られるワケ。要するに、ここにある分が全部、っていう前提を信じ込まされるってことじゃん? それを誘って足止めしつつ、もしかしたら一番逃がしたかった情報を──」

 

 ぎゃっ、という悲鳴が外から聞こえた。

 窓の外を見やる──黒服の男が泥に足を取られて転び、クリスに銃を突きつけられていた。

 彼の手に握られた鞄を見て、遠近は満面の笑みを浮かべる。

 

「ビンゴ~」

「す……すげえ、司令官殿……」

「何てキレだ……おみそれしましたぜ」

 

 部下たちが口々に称賛の声を上げる。

 くすぐったく感じながら、遠近は彼らに命令を発した。

 

「にはは──皆、外にしゅーごー。デキる部下がしっかり掴んでくれた情報を確かめにいこっか」

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