063:「あんた、相当なお人よしだな」

 

「──しかるに本部より、機密情報を携えた人員が座標二・三二・六に向け出立する。道中にて合流し、道行を補佐せよ」

 

 赤錆色にくすんだ部屋の中央に陣取った金色の鶴が、居丈高な男の声でそう語った。

 ランプジャックは鶴の前で片膝をつき、首を垂れてその言葉を受け取る。

 命令は受けた。了解の意を示そうとした時、鶴は吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「本来、貴様のような幽霊児ゴーストに任せるべき仕事ではない。危急の事態ゆえの特例だ──思い上がることなく任務に精励せよ」

 

 わざわざ念を押すのが滑稽で、口角が上がる。

 それを悟られないよう、ランプジャックは一層深く頭を下げた。

 役目を終えた金色の鶴は翼を広げ、ばさりと一度大きく羽ばたく──粉のように舞い散る光の残滓だけを残して、消滅した。

 ゆっくりと立ち上がる。目深にずれ落ちたキャスケット帽を親指で跳ね上げると、扉の隙間からこちらに顔をのぞかせている同僚の少女が見えた。

 

「トリナ。指令を聞いてたか?」

「……馬鹿みたい」トリナは扉を開け放ち、部屋に踏み入りながら言う。「口を開けば、必ず幽霊児わたしたちを蔑まなきゃいけない決まりでもあるのかしら──わざわざ『黄金鶴きがねつる』で伝えてくるほど切羽詰まってるくせに」

「放っとけ放っとけ。気にするだけ時間の無駄だ」

 

 ランプジャックは豪快に笑い飛ばす。蔑視や侮りは彼らからすれば日常でしかなかった──トリナも応ずるようににこりと笑みを浮かべて小首を傾げる。栗色のポニーテールがふわりと揺れた。

 

「今度の仕事は護衛任務、ってわけね」

「ああ。デルモニーとダグラスは出払ってるな……先に俺たちが出て、奴らには後から合流してもらおう。準備を頼む」

「ええ。あ……それで」

「ん? ああそうか──俺に何か用事でここに来たんだったか?」

 

 頷いて、トリナは廊下に向けて目くばせをする。

 扉の影から、頼りなげな風貌の男が一人、歩み出てきた。

 

「ああ……アンタか。アレだな、確かウトラが仕事で連れてきた」

「まあ一応、人質……って扱いなのかな」男は人懐っこい笑みを浮かべた。「フウ・レイリーだ。酒場を経営してる。よろしく」

「そうか。俺はランプジャック、こっちはトリナ。ウトラの同僚だ」ランプジャックは部屋の隅に掛けてある上着を取りながら話した。「で? その『一応人質』さんが何をしてんだ?」

「いや……監視役のウトラちゃんが急な仕事みたいで、ずっと戻ってこないから──どうしたものかと」

「俺に訊かれても困るが」

 

 ランプジャックは窓に歩み寄り、身だしなみを確かめる。ガラスに汚れが見えたので、袖で拭いた。

 

「一般論としてはだ──人質なら、大人しくしてるのが道理ってもんじゃないか? 少なくとも、監禁されてる部屋を出て知らない奴に自己紹介するってのは、模範的な人質の行動じゃないと思うぜ」

「監禁って。部屋に鍵はかかってなかった」

「知ってる。地下室に鍵はついてない──ま、予算の都合ってやつだ。悪いな」

「それについて謝られるのもおかしな話だけどね」

 

 フウと名乗った堅気の男は笑みを浮かべる。

 自分の置かれた状況が分かっていないのか、それとも分かった上でこうなのか──あまりにも穏やかな物腰にいささか面食らって、ランプジャックはトリナを見やる。

 トリナは小さく肩をすくめただけだった。彼女もまた、同じように拍子抜けしているようである。

 

「それでさ──盗み聞きする気はなかったけど、耳に入った。今この家に残っている君達も、仕事でここを空けるんだろ? 人質が一人で留守番っていうのも妙な具合だと思うんだけど、どうすればいいかな」

「よくよく驚かされるぜ。あんた、警戒心ってもんがないのか?」ランプジャックは呆れてため息をついた。「マフィアの連絡を聞いちまったことをそうもあっさり白状するなんて、不用心にもほどがあるぞ。状況が状況ならその場で殺されることも十分あり得る」

「今後、気を付けるよ。なんて言うか──ウトラちゃんの仲間なら、いきなりそんなことはしないかと思っちゃったから」

「……ま、ウトラを見てりゃそうもなるかもな」

 

 答えながら、ランプジャックは考えていた。

 当の本人から発されている点は一旦措くとして、確かにフウの疑問は的を射ていた。ランプジャック達の起居するこのボロ家には、彼を閉じ込めておくための満足な設備がない。任務に駆り出されたために、彼を見張る余剰人員もなし──彼の扱いには判断しかねるものがあった。

 

「数時間で戻ってこられる任務じゃない以上、ふんじばっとく訳にもいかないしな……どうするか。トリナ、何か案はあるか?」

「うーん……他の仲間に連絡を取って預かってもらう?」

「あんまり良くないな。時間がかかって出発が遅れるし、カガリ派の手に渡ったら面倒なことになる」

「そうよね……」

 

 考え込む。

 沈黙を破るように、フウが片手を上げた。

 

「あの、これは提案なんだけど……君達に付いて行っちゃダメかな?」

「はあ?」

 

 意外な一言に、ランプジャックは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「いや……これでも肉体労働が長かったから、それなりに体力に自信はあるんだ。足手まといにならないように努力するけど」

「そういう問題じゃないだろ。あんた、何が楽しくてわざわざ危険に首を突っ込むんだ? ただでさえあんたは『臆病な梟』に拉致されてる身だってのに」

「確かにそうだけど……ただ見守っているだけじゃ、嫌だから」

 

 フウは初めて笑顔を消した。

 真剣な瞳を向けられ、ランプジャックはわずかにたじろぐ。

 

「ウトラちゃんと、約束をしたんだ。もし彼女が何か困っているなら、助けになりたい」

「……あんた、相当なお人よしだな。あいつはあんたの友達じゃないぜ」

「もちろん、それはわかってるよ。単純に、僕の性分の問題だ」そこでフウはまぜっかえすように再び唇を緩めた。「それに、協力的な姿勢を見せておけば人質としての信頼も得られるかと思ってね」

「人質としての信頼? 奇妙な言葉だ」

 

 思わず、笑みがこぼれる。

 フウ──目の前のこの男には、相対する者の警戒心を解くような雰囲気があった。

 まっすぐな善人──これが真っ当な人生を送ってきた人間ってやつか。

 

「そうだな……こっちは限られた条件の中で、任務をこなさなきゃならない。上も上で色々と大変そうだし、この程度の独断で嫌みを言ってくる暇もないだろ。付いてきたいなら構わないぜ──まあ、ウトラに会えるかどうかはわからないけどな」

 

 ランプジャックはトリナを見やる。

 難しい顔で考え込んでいた彼女も、諦めたようにふっと表情を緩めた。

 

「ランプジャックがいいなら……私も異存はないわ」

「ありがとう」

 

 フウの笑顔に、ランプジャックは眩しさを感じた。

 日の当たらない世界で生まれ育った彼には、それは目新しいものだった。

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