062:「誰もが認める俺自身に」
「さー野郎ども、はーりきっていっくよーん。戦果を挙げて正規軍の鼻を明かしてやろうぜえー」
軽やかに笑いながら、遠近は自分に続いて山道を進む臨時治安部隊の兵たちに呼びかけた。
おおう、と野太い声で気勢を上げる部下たちを改めて見回す。
まともな兵装に身を固めた者は一人もいない──自前の鎧や革の服に身を包んでいる者はまだ良い方で、中には丸っきり裏町のチンピラのような風体の者もいる。全員が例外なく薄汚れ、不精髭を生やし、垢じみた顔に──餓狼のような猛々しい眼を光らせていた。
士気は十分──彼らの気分は、今までになく高揚しているに違いない。
何しろ、統率が取れているとはいいがたい不揃いな足取りで彼ら一団が進む、その後には──整然とした正規軍が続いているのだ。
日頃から不正規部隊と嘲られ、軽視され、まともな扱いを受けてこなかった彼ら──しかし今や、状況の最前線にいるのは彼らなのだ。
はみ出し者が情勢の表舞台に躍り出て、文句のつけようもない結果を出し、認められ、称えられ、褒賞を受け取る。その巨大な夢が、彼らを突き動かしている。
何もかも、俺と同じだ。そう思った。
「総司令官殿──もうすぐです」傍らを歩くクリスが言った。「おそらく、山に入ってからのこちらの動きは察知されているでしょう──『臆病な梟』が迎撃してくるなら、おそらくこの辺りが衝突地点になるはず」
「おーけー、接敵陣形に変えよう。ところで、ミズハちんは?」
「さあて」逆側を歩くクグルノが呆れ顔で応じる。「何しろあいつは身勝手だからな。いつ戻ってくるか──こっちの目的地は間違えようもねえし、まあ合流したくなったらするんじゃねえか?」
「にはは、自由だねー。ま、こっちも咎める気はないよ」
柔和に遠近は答え、二手に分かれて自分達を追い抜いて先行してゆく部下たちを眺めた。
そう──頭の固い指揮官ならミズハの独断専行を責めるかもしれない。その結果としてどれだけ軍に貢献しても、まず規則違反を咎められる。軍とはそういう場所だ。
だが、俺は違う──遠近は内心で呟く。
決まり切った手続き通りに動くのなんて窮屈でたまらない──そんな制限の下では、すでにできている差を埋めることはできない。
持たざる者がのし上がるためには、意外性で勝負するしかない。それを押しとどめる無能な上司になんか、俺はならない。
俺は詠木遠近だ。
誰にでも操れる規則や常識なんかクソ喰らえ──替えの利く誰かなんかじゃなく、世界の誰もが認める俺自身になる。それが、俺だ。
「敵を確認!」
先行していた部下の一人が、こちらを振り返って声を上げる。
遠近はひらひらと手を振った。
「おっけー、焦らず交戦準備よろ。正規軍にも伝えといて」
「総司令官殿──場所を移動されますか?」
「うん、するよ」
クリスに頷き──遠近は腰に下げられていた拳銃を取った。
「総司令官は敵陣に向けて前進する。援護頼むよ、二人とも」
「は……はぁっ!?」
「おいおい総司令官殿、死ぬ気か? 戦闘は兵に任せろよ」
「俺も一緒に戦うさ。にはは──きっと兄ちゃんはこんな危険な場所に身を置いたことなんて一度もないだろうな」遠近は呟くように続ける。「だからこそ、俺はそうしたいんだ」
二人は一度、顔を見合わせて。
一つため息をついてから、顔を上げた。
「……了解。クグルノ、蠱術師のあんたが頼りよ」
「おう……まあ、最終的には自己責任って覚えといてくれよ」
「二人とも切り替え早いね」
「命を顧みない奴のフォローは、いくらか慣れてるんです。腹立たしいことにね」
少しふざけた様子でクリスが言い、クグルノが無言で眉と口角を上げる。
そうか──なるほど。
──願いを追うんだ、詠木遠近君。
ミズハの声が脳裏に響き、遠近はくすりと笑う。
マジで俺、君に影響されまくっちゃってんのかな。
夢への憧れ。
それを追うことへの──覚悟。
ミズハが遠近に語った言葉は、しっかりと自分に根付いている。そんな気がした。
出会って間もない少女の言葉は、まるで自身が考え出したかのようにすっぽりと、違和感なく遠近の中に納まっていた。
「次に会ったら──彼女の願いも、聞いてみたいねえ」
口の中だけで呟いて、遠近は斜面を駆け上がる。
朝露に濡れた木々の向こうに──倒すべき敵が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます