054:「物事はマジでシンプルなんすよ」

 

「……っつーワケでぇぇー、臨時治安部隊はソッコーでの全軍強襲を提案しまーす。それしかないっしょ」

 

 礼寧、中央通り──東部軍務省、第一会議室。

 その末席の末席に陣取った詠木遠近は、気の抜けた声でそう言った。

 右隣に座るのは副司令官のヨズマ。いつも通り、おどおどと周囲を見回している。

 後方に立つのは礼寧に戻ったばかりのクリス。小さな嘆息が聞こえた。

 それ以外の全員は、遠近の言葉に一様に顔をしかめていた。

 

「詠木司令……本気で仰っているのですか?」

 

 遠近の向かいに座った髭面の男が、東公の息子に対してゆえか相当言葉を選んだらしい様子で応じる。

 たしか、第一部隊だか第二部隊だかの隊長だったか──よく覚えてもいないが。

 

「本気も本気、ガチ本気っすよ。報告した通り、ウチの有能な──しかも可愛い──部下が、『臆病な梟』の本拠地の場所をみっけてきたんで。ゆーて、それってあんたらが何十年もかかって失敗し続けてきたコトっすよねぇ? ま、それは今直接関係ない話なんすけど」

 

 煽り全開の遠近の言葉に、その場の全員の渋面が深くなる。

 それは正確に言えば事実ではない──何しろ、東軍の上層部は『臆病な梟』と繋がっていたのだから。しかしそんなことを公にできるはずもなく、この場では遠近の言葉を声高に否定する者は誰も現れなかった。

 先ほどとは別の高官が、咳払いをして切り出す。

 

「話になりませんな。それが本当の情報か、精査もしないで軽率に動くわけには──」

「いやいやいや、こっちこそ話になんないっすねー。そんな悠長なことしてたら梟公は逃げますよ? 相手は東部全域に力を持つマフィア──第二第三のねぐらなんて当然用意してるっしょ」

 

 言葉を被せ、遠近は笑顔で答える。

 ああ言えばこう言う、とでも言いたげに高官が舌打ちした。

 

「皆さん、複雑に考えすぎてんじゃないっすか? 俺なんかに言わせりゃ、物事はマジでシンプルなんすよ──俺達にできることは一つしかねーんすわ。『こっちが情報を得たと相手が気付くより前に、可能な限りの最大兵力を持って一気に頭を潰す』……そんだけ。長期戦になりゃ、向こうは搦め手を使ってきますよ。東部の産業で、『臆病な梟』の息がかかってないモンなんてあるんすかね? 向こうはただ単に裏の世界を仕切ってるだけじゃない、そういう間接的な影響力で──俺ら表の社会もガタガタにできる奴らなんすよ」

「しかし、東公様の裁可も得ずにそんな──」

「その時間がねえ、って話をしてんですよ俺は。ずっと」

「いや、せめて難易様にだけでも話を」

「難易兄ちゃんは政務畑の人間っす。軍務には関係ないし──東公ゆかりの人間なら俺がいるじゃないすか」

 

 遠近は顎を上げ、居並ぶ高官達を見下ろす。

 

「……っつーか、そもそも賊討伐は軍の立派な任務っすよね? 平常業務にいちいち父さんの裁可なんて取らないっしょ、普通──しかも今回は、何度も何度も言ってるように緊急の事態ですし。この期に及んでなんだかんだ言って時間を稼ごうとするとか」遠近は目を細める。「あんたら──東軍総司令官の兄ちゃんを殺した『臆病な梟』の手先か何かすか?」

 

 全員の顔色が変わる。何人かは憤激のあまり顔を朱に染め、立ち上がりかけた。

 

「了解しました」

 

 俄かに沸騰しかけた場を制したのは──硬質な声だった。

 

「臨時治安部隊司令のご意見、確かに了解しました。二つだけ確認させて下さい」

 

 声を発したのは上座に座る連中の一人──憲兵団代表、ルミンスキーだった。

 彼は静かな声で、遠近に問う。

 

「危急の事態ゆえ、独断での総攻撃を行う──その責任は詠木遠近司令がすべて取られる。その理解で、よろしいですか?」

「オッケーっす」

「では、もう一つ──仮に我々全員が反対した場合、司令はどうされますか?」

「もち、ウチの部隊単独ってことになっても出撃しますよ。俺が陣頭に立ってね」

 

 へらへらと笑う遠近。

 会議室に漂うざわめきは、今までとは色を異にしていた。

 臨時治安部隊単独の出撃。

 そんなことをすれば、まず間違いなく全滅するだろう──奇襲だとしても、梟公が日ごろから何の備えもなしにのうのうと暮らしているわけがない。本拠地を守る『臆病な梟』の手勢は臨時治安部隊の攻撃を受け止め、持ちこたえる──時間がたてばたつほど、『臆病な梟』の増援は東部全域から集まってくる。詠木遠近は、その部隊もろとも死ぬ。

 それは余人の目にはどう映るか。

 東公の三男が単独でマフィアと戦い、戦死──正規軍はそれを知りながら、故意に力を貸さず見殺しにした。東部だけでない、大霊山全域にその不名誉な知らせは伝わるだろう。事件をもみ消すには、東公の血縁者という名前は大きすぎる。

 いや、それで糾弾されるならまだ良い。問題はまかり間違って臨時治安部隊の作戦行動が成功してしまった場合である──圧倒的不利を跳ね返し、兄の敵を討ち東部の闇を一掃した英雄。正規軍が無能の烙印を押される上に、遠近が大喝采を浴びるというおまけがつくのである。

 遠近は称賛され、東部の上層へ駆け上るだろう──最悪の場合、正規軍が丸ごと遠近の手に落ちてしまうかもしれない。そんな環境下で、遠近を助けなかった現上層部がどのような扱いを受けるか──想像するまでもない。

 

「私の率いる憲兵団は──遠近司令に助力します」

 

 保身にざわめく高官達を見渡しながら、ルミンスキーははっきりと言明した。

 

「私も」

「私もだ」

 

 ルミンスキーの両隣の司令官が続く。

 迷いなく意思を表明した三人を見てうろたえる高官達は、つい先ほどまで見せていた断固拒否の様子をすでに失っていた。

 議論の潮目が──変わった。

 

 意図的にオッサン連中の想像をかき立て、不安を煽り──奴らをぐらつかせるとどめに賛同者まで、水面下で作っていたか。

 やるじゃんクグルノっち、と遠近は内心で呟く。

 周囲の誘導が成功したのを見て取ってか、ルミンスキーの顔を被った男が遠近に応じるようににやりと微笑んだ。

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