047:「君を正しく評価する」

 

 なるほど、とミズハは冷静に考えた。

 チルの能力──彼女は『地雷蛆』と呼んでいたか──は、このような使い方もできるわけだ。爆発それ自体ではなく、それを利用した間接攻撃。地雷の設置は同時にいくつも可能で、設置個所は地面に限定されることもない、という特色をうまく利用していると言えた。

 存外、戦い方に関しては賢いのかもしれない。

 しかし──応用攻撃でこちらを追い詰めた反面、チルはあまりに多くの情報を見せすぎた。

 集まってきた複数の情報──彼女の能力と、そして彼女自身の情報。

 それらを組み合わせ、推察すれば、攻略法らしきものも見えてくる。

 

「いいとも白状しよう、君の推察通り私は君を利用しようとしていた」

 

 ミズハは手を広げ、にやにやと笑いながらそう言った。

 今更のようにショックを受けた表情を浮かべ、涙目で口をぐにゃりと歪めるチル──先刻のすべてに絶望したような乾いた表情はどこへやら、彼女の面相にはまたぞろ少女らしい脆弱さが漂っていた。

 この二面性も──チルの個性というわけだ。

 

「当然だろう? 君自身が言った通り、いてもいなくても社会には何の変わりもない幽霊児ゴーストなんて、利用してもらえるだけ幸せってものじゃないか。ごく当たり前の認識さ。君もそう思うだろ、クリス──クリスティアーナ・ミケランジェリ?」

 

 殊更にフルネームを呼ばれ、怪訝そうに眉を上げるクリス。

 しかし察しの良い彼女は、ミズハの視線から意図を──少なくともある種の行動に対する期待を読み取って、すぐにチルに顔を向けると声を張り上げた。

 

「ええ、勿論よ。幽霊児ゴーストなんて土台ろくなものじゃないんだから──物心もつかないうちに捨てられ、世の中を恨み続けて育ってきた人間なんて、真っ当な人格に育つわけないもの。覚えておきなさい、私はクリスティアーナ・ミケランジェリ──立派な父と優しい母につけてもらったこの名、自らのルーツであるこの姓に、私は誇りを抱いているわ。どんなに一生懸命仕事をしようとも、たとえこの先巨万の富を築こうとも──あなたには一生得られないものよね。それってとっても、可哀想だわ」

 

 顎を上げ、見下しながら放ったその言葉は、チルの胸をえぐるには十分すぎる鋭さを持っていた。

 チルは瞳一杯に涙を溜め、小さな声でぶつぶつと呟く。

 

「羨ましい……羨ましいなあ……この人酷いよ……どうしてそんな残酷なことが言えるのぉ……悲しい悲しい悲しいよぉぉ……」

「せいぜい自己憐憫に浸るといいわ。私からすればそれもお笑い種だけどね」クリスはややぎこちない表情で、ちらちらとミズハを窺いながら口撃を続ける。「自分の繰り言で作った檻の中で、ずっと哀れな自分に酔って生きていけばいいのよ。それ以外にあなたは自分を慰める方法を持たないんだものね。はいはい可哀想可哀想」

「うぅー!! うぅぅー……!!」

 

 チルは我慢の限界というように、両手をゆっくりと上にあげる。

 再びあれを──クリスの体勢を崩し、地雷のスイッチを踏ませるための間接攻撃を行う気だ。

 チルの集中がクリスの周囲の空間に逸れた。

 その一瞬を見切って──

 

 ミズハは跳躍した。

 

「……! え……!?」

 

 数歩分の距離を跳び。

 ミズハはチルの体にぶち当たる。

 衝撃でぐらりと傾いだ小さな体に、しっかりと組みついて──

 そのまま体重をかけ、ミズハはチルと共に倒れこもうとした。

 

「う……あ……!」

「倒れるんだ。スイッチに触れたものだけを爆殺するのが君の蠱術──先に接地するのが君なら、死ぬのは君だけのはずだね?」

 

 冷静な声音を空中に置き捨てて。

 どう、とミズハはチルもろとも地面に倒れた。

 

 

 

 緊張がそうさせたのか。

 あるいは最初からそこにあったのか。

 一瞬──耳が痛いほどの沈黙が場を支配し、遅れて自らの心音に気づく。

 早鐘のように打つ鼓動を感じながら、ミズハはゆっくりと起き上がった。

 

 爆発は──起きなかった。

 

「クリス──地雷は解除されたはずだが、念のためまだそこを動かない方がいいよ」

 

 チルを地面に組み伏せながらミズハは言った。

 

「え……解除、って?」

「チル自身が解除したんだ。見てごらん──私たちは数歩分の距離のある君の方へ向けて倒れこんだ。誤差はあるだろうが、これは大体松伏隊長の猿が彼の肩から飛び跳ねて地面に降り立った距離とそう違わない。『地雷蛆』が設置する地雷の範囲はこれくらいということさ」

 

 チルが悔しそうな表情を浮かべる。

 図星のようだ、と思いながらミズハは続けた。

 

「そして、かの小猿の一件はもう一つの事実を示す。それは『一度設置された地雷は、当初のターゲット以外が踏んでも爆発する』ということだ。すなわちチル自身がクリスのための地雷を踏んでしまったら、爆殺されるのは彼女自身ということになる──自分だけは例外になる可能性も捨てきれなかったが、彼女の慌てようから見て私の見立ては正しかったというべきだろうね。チルは瞬間的に危険を逃れるため、能力を解除したんだ」

「あみゃっ、甘いですよぉぉっ!」興奮と焦りのためか若干噛みながらチルが抗弁する。「たかが一回爆殺を逃れただけじゃないですかぁ……私の能力は、まだっ、破られていないんですぅっ!」

「いいや──残念ながら、破ったんだよ」

 

 ミズハは体を少し動かし、地面に這いつくばるチルにのしかかる。ぐええ、とチルが苦しそうに声を上げた。

 

「この体勢でいる限り──君の近くにいさえすれば、君は地雷を設置できないんだから。もしもそんな真似をしたら」

 

 ミズハはチルの頭を掴み、少しだけ持ち上げてから降ろす。チルの顎の先が、とん、と軽く地面を突いた。

 

「こうだ。真っ先に死んでしまうのは君なんだよ」

「ふ……ふぇぇ……」

「必要以上に酷く挑発したのは──隙を作るため?」

 

 クリスの問いに、ミズハは頷いた。

 

「それもあるけど……もう一つ、念押しのためでもあった。小猿の爆殺と松伏隊長のそれが違っていたことに君は気づいたかい?」

「火力、という意味で?」

「その通り」ミズハは片目を瞑る。「松伏隊長がスイッチを踏んだ時の爆発は、小猿の時より数段勢いが強かった。元々は同じ、『松伏隊長を標的として設置された地雷』なのにこの両者の違いは何なのか──そう考えて、私は彼の態度を疑った」

 

 あの時。

 松伏はミズハの静止に耳を貸さず、大声で怒鳴って。

 武器を抜いて、チルに向かった。

 

「松伏隊長は害意を露に近づいた──それによって増したチルの『恐怖』が、地雷の威力を増大させた。蠱術が使用者の彼女のパーソナリティに左右されるとすれば、常に後ろ向きな彼女が能力のエネルギーに変換するのは『負の感情』だと思ったんだ。そして、万が一の可能性──彼女が自分に爆発の危害が及ぶ可能性を考慮して衝撃や火に耐える手段を用意していたとしたら、煽って煽って彼女自身も思いもよらぬ火力まで地雷を強めてやれば、その防御策も突破できるかもと思ってね」

「一歩間違えたらその絶大な火力は私やあなたが受けてたのかもしれないっていうのに……」クリスは冷や汗を垂らして溜息をつく。「危ない橋を渡ったわね」

「そうだね、すまない。クグルノならもっとまともな策を考え付いてくれるだろうが、私にはせいぜい賭けに持ち込むくらいが関の山なんだ」

 

 そこまで言うと、ミズハは意気消沈しているチルを見やる。

 

「そういうわけだ──不快な思いをさせてしまって悪かったね、チル。彼女は私を信じて心にもない暴言を吐いただけなんだ、許してくれ」

「心にも……ない……?」

「ああ、勿論だとも」ミズハはにっこりと微笑む。「幽霊児ゴーストは痛ましい社会問題であり、望まずにその境遇を得てしまった君たちには何の責任もない。そんな君たちを嘲ったり、侮辱するなんて最低の行いじゃないか。私もクリスもついさっき発せられたようなことは露ほども思っていないよ」

 

 ミズハはチルの頭を優しく撫でる。

 こちらを見上げるチルの瞳が、躊躇するように揺れた。

 

「君が自信を持てないのは仕方のないことだ、生まれて以来ずっと軽んじられる道を歩んできたのだからね──でも、私は君を正しく評価する。君の力は、君が思っている以上に大きいんだ。さっき賭けだと言った通り、今回私は運よく勝ちを拾ったに過ぎない──君が仲間になってくれればどれほど心強いか」

 

 チルを優しく見つめながら、ミズハは再び懐柔を試みた。

 なんだかんだ言っても、彼女は逃せない──現状、『臆病な梟』の本拠地の場所はまだ割れていないのだ。なんとか、仲間に引き込めないものか。

 チルはミズハとクリスを交互に見やりながら、言葉を探している。ミズハの言葉は、さっきよりはチルの胸に響いているようだった。

 

「……あの……」

 

 意を決したように、口を開くチル。

 その先を聞こうとした時、ミズハは異変に気付いた。

 

 煙。

 地雷による黒煙ではない──薄紫色の、怪しい煙が漂っている。

 

「なんだ、これは──」

 

 ミズハがそう言いかけた瞬間。

 澄んだ音を立てて、矢のように飛来した短剣がチルの額に突き立った。

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