045:「本当ですか?」

 

「地雷……!?」

 

 熱気と黒煙が方々に立ち込める、森の中。

 警戒の表情を浮かべるクリスに、ミズハは頷いて見せた。

 

「思い出してみるんだ……松伏隊長や彼の部下は、一歩目を踏み出したタイミングで爆殺された。おそらく牢の中の捕虜たちも同じだったのだろう──死体の様子から見て、逃げ惑った形跡があったからね。加えて言うなら、至近距離にいた私たちはこのように無傷だ……先ほども、五人を消し炭に変えたにもかかわらずあの簡易な牢自体は壊れていなかった。これらを合わせて考えると、スイッチを踏んだ者『だけ』を爆殺する地雷を敷設する能力、という答えが最もわかりやすい」

 

 ミズハはそこまで説明すると、目の前のチルににっこりと微笑みかける。

 

「……と私は思うのだけれど、どうかな? チルちゃん」

「ぇあ、はい。その通りですぅ」

 

 お下げに結った黒髪を揺らし、至極素直に頷くチル。

 能力の解明は術師にとってかなりの危機的状況であるにも関わらず、彼女の表情にはそのことへの焦りや恐怖のようなものは見えなかった。

 それはこの能力自体にまだ『奥の手』があるという意味にもとれるが──むしろ戦闘に慣れていないこの少女の無知によるところが大きいのではないか、とミズハは考察する。

 おそらく彼女は普段、暗殺要員として自らの姿を見せずに行動しているはずだ。なぜなら──

 

「なら、対処は簡単ね」

 

 ミズハの説明から一つの結論に辿り着いたらしいクリスが言う。

 

「私たちは、一歩も動かずこの子を殺せばいい。拳銃一丁で足りる仕事だわ」

「ひっ!?」

「あんた、警戒心なさすぎよ」クリスは居丈高に語った。「こうやってまともに敵とぶつかったこと、ないんじゃない? じゃなかったら思い至っているはずだもの──『自分から動こうとしない標的』がいたらどうなるか、という弱点にね。そして当然、こんな所でのんきに突っ立って私たちと喋ってなんかいない。経験不足が命取りになったわね」

「……まあ、落ち着きなよクリス」

 

 ポケットに手を入れたクリスを、ミズハは制する。

 不服そうにこちらを見返すクリス──しかしその瞳の奥には、求めていたものを得たような輝きがあった。

 クリスは即興で芝居を打っている──ここでミズハに止められることが前提の芝居を。

 なぜなら、ミズハもクリスも拳銃など持ち合わせていないからである。予算不足の臨時治安部隊ペニーホイッスルに装備の支給などはない──クリスには野盗時代の装備があったが、それは別行動の部下に回していた。限りある戦力の分散を避け、自分たちは松伏小隊の武力を当てにして丸腰で行動していたのである。

 クリスの言葉はハッタリ──彼女は、口八丁でチルを退かせることを目的としている。

 しかし、ミズハはもう少し別の結末を思い描いていた。

 

「今ここで撃つのは得策じゃない。飛び出た薬莢が地面に落ちて爆発を誘うかもしれないし、発砲の反動でわずかにでも足がずれればトリガーになり得る。そんな危険を冒す必要はないんだよ──私たちはただ、待てば良いんだ」

「ま、待てば……って……?」

「ああ──まだ知らなかったんだね。君は水際で情報漏洩を止めたと思っていたかもしれないが、実はすでに聞き取りは終わっていたんだ。ある方法を用いて、君たち『臆病な梟』の本拠地はおおよそ掴めているんだよ」

「え……ええっ!?」

 

 チルはあんぐりと口を開ける。

 無論、嘘だった──本拠地の詳しい場所を聞き出せそうな案は出したが、それを実行する一歩手前で捕虜は皆殺しになった。それを隠し、方法だけをミズハは丁寧に語った。

 

「彼らはもう用済みだったんだよ。まあ、後始末の手間が省けて有難いってところかな? すでに伝令は出してある──そして君の能力は初見では対応が難しいが、そこのクリスが指摘したように粗も大きい。後続の味方が到着し、私たちが情報を共有すれば、なすすべもなく君は無力化されるだろう」

「う、嘘ぉ……」

「他人事ながら、これはちょっとマズい状況じゃないかな? よしんばうまくこの場から逃げられたとしても、任務を果たせなかった君は──まあ、その、なんだ」ミズハはわざと言いにくそうに言葉を濁した。「『お仕置き』されてしまうかもしれないねえ?」

「ふ、ふええ……」

 

 チルの目に涙が溢れる。

 ぺたんと地面に座り込み、彼女は大声で泣き始めた。

 

「ふ、う、うええええええ────んっ! なんでなんでぇ……なんで私ばっかりこんな目に遭うのぉ……酷い、酷いよぉぉおおおっ!」

 

 理解不能、とばかりに眉を顰めるクリスを見やってから。

 ミズハは穏やかな声をかけた。

 

「泣かないで、チルちゃん。そう嘆くことはない──打つ手はまだあるよ」

「ふええええ……え?」

「このままじゃ君の身は危ない。ならばいっそ、鞍替えしてしまわないか?」

 

 ミズハは慈母の如き笑みを満面に浮かべる。

 

「『臆病な梟』を見限る時だ。私たちの仲間になって、楽しく暮らさないか?」

 

 ぽたり、と。

 雨上がりのように、地に落ちる涙の雫が止む。

 チルは、伏し目がちにおずおずと呟いた。

 

「本当……ですか?」

「ああ、もちろ──」

「本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか? 本当ですか?」

 

 まるで、反響する木魂のように。

 半ば自分に問いかけるかのように──開いた自分の両手を見つめながら、チルは連呼する。

 異常な光景に、思わずミズハは口を噤む。

 

 やがて。

 ぷつりと言葉を切り、ゆっくりと首を巡らせて。

 チルは、立ち尽くすミズハを見上げて──小さな声で呟いた。

 

「何もかも……嘘なんですねぇ?」

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