037:「汚い道だとしても」

 

「お前が見せたいモンって──コレのことかよ」

 

 頭部が破裂した詠木大小の死体を眺めながら、クグルノが唸るように言った。

 

「悪趣味と思わないでくれ、そういう意味じゃあないから」

 

 とぼけた表情で、ミズハは笑いかけた。

 

 

 太陽が街並みの中に没しかける刻限──ミズハが遠近と共に挨拶に行ってから、数時間も経っていない。

 人は少し見ない間に変わると言うが、だからといってここまでまだら模様に変わるのも珍しい。そんな下らないことをミズハは考えていた。

 あの後──。

 詠木と別れ、再び自室に戻ったミズハは、言い知れぬ感覚に襲われた。

 それは第六感としか言いようのないものだった──何の根拠も裏付けもない、ただ「何かが起きた」という感覚。あるいはそれは、自らの背を這いまわる何者か──ミズハに取り憑くものが感じ取ったものだったのかもしれない。

 ともあれ、その感触に押されるままにミズハは再び東部軍務省へ赴き──今回は遠近を伴っていないためこっそりと総司令官室に辿り着き、これ、、を目撃した。そして一も二もなく取って返し、クグルノを引っ張って再び舞い戻ったわけである。

 

「東軍の頭、詠木大小の暗殺死体──君はこれをどう見る?」

「どう見るもこう見るもねえさ」クグルノは呆れたようにミズハを見る。「情報が足りなすぎる。こいつを殺ったのが誰かなんてのは、俺らにとっちゃ推理する意味のねえ問題だ」

「それで?」

「大事なのはたった一つ、今目の前にある現実をどう使うか」

「まったく同感だよ」

 

 我が意を得たりとばかりに微笑んで、ミズハは懐を探る。

 取り出したのは私物の髪飾り──クグルノを呼びに行く際、自室に寄って取って来た物だった。

 大して高くもない品物だが、惜しいと言えば惜しい──そんなことを考えながら、最も気に入っている飴色の羽根を飾りから引き抜いて、無造作に捨てる。

 ふわりふわりと舞いながら、羽根は床に広がる脳漿の中に落ちた。

 

「これは単なる思い付きなんだが──どうかな?」

 

 その言葉を受けて、クグルノはミズハを見返す。

 細められた眼の中に、興味の光が宿った。

 

「ああ──面白い手だ」

「それは良かった。なら、後は任せても良いかな?」

「いくらか面倒があるが、まあ大丈夫だろ。クリスと奴の部下を使っても構わねえだろ?」

「勿論。だが真相は伏せた方が良いかもしれないね」

「その辺は適当にやるさ」

 

 事件現場に付け加えられた羽根を見下ろしながら、クグルノはにやにやと笑う。

 

「しかしまあ、えげつねえ手を思いつくもんだな」

「君と同じだよ。起こってしまったことはもう取り返しがつかない──ならばせめて、総司令官殿おとうとの役に立ってもらおう」

「弟の、ねえ」鼻で笑って、クグルノは餓狼のような目でミズハを見やった。「まあ、今んとこ俺たちはあいつの部下になってるワケだしな……俺たちが十分な力を備えるまではせいぜい立ててやる、ってところか?」

「…………」

 

 ミズハは答えず、ただ静かに息を吸った。

 確かに──ミズハの中にも、彼を利用する気持ちはある。

 ミズハの持つ願い──それが求めるままに、あらゆるものを利用して成り上がる。それは彼女自身にとって何よりも優先すべきことだった。

 しかし──それだけではない。

 

 ──呪いを解きたいんだ。

 ──役立たずで負け犬の俺じゃない、確固とした何者かになりたいんだよ。

 

 遠近の真剣な顔が脳裏に蘇る。

 願いは、尊い。どんなものであろうとも──ミズハのそれと同じく、一生をかけて追うべき願いはどれも等しく、価値を持つ。

 彼の本気の願い──それを叶えるために、力添えをしてあげようじゃないか。

 そのために通すのが、いくらか汚い道だとしても。

 

「頼んだよ、相棒──うまく行けば、東軍は安物の玩具ペニーホイスルのために動く駒になる」

 

 暮れかけた陽光の中で、ミズハはそう言った。

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