(002):「断章2 民の安寧に心を砕いた」

 

 アルメリンド・サヴィンビという男がいた。

 彼は言語の壁を越えてあらゆる者と意思を通わせる力を持ち、高潔で慈悲深い性質も相まって誰からも慕われていた。

 彼のもとには近代化に伴う呪術排斥の煽りを受けた者たちが庇護を求めて集い、彼は自らの特質から彼らに強く共感し、あらゆる迫害から異端者たちを守る盾となった。

 彼は長い間、相互理解と共生の重要性を周囲に強く訴えたが、科学へ向かう世界の潮流に抗い続けることにやがて限界を感じ始めた。それは一部の過激派が往来で彼の妻子に危害を加えた事件によってはっきりとした決意に変わり、彼は数百人に及ぶ信奉者と共に生まれ育ったアフリカの地を脱した。

 流浪の旅は十年近くに及び、彼が極東の島国に安住の地を定めることに成功した時には、仲間は百人を割る数にまで減っていた。

 彼はこの辺境に暮らす者達のまとめ役として、生涯愛された。

 

 メズレス・クロウリーという男がいた。

 ロンドンの裕福な家庭に生を受けた彼は、高等教育を受ける中で世界の在り方に疑問を持つようになる。

 彼が親しみを覚えたのはむしろ御伽噺に登場する魔法使いや悪魔であった。彼は同好の士を集め、神秘を研究する秘密結社を結成する。その中には浮浪者や犯罪者も含まれていたこともあって、合理主義者たちから激しい弾圧を受けた。

 時代が進むにつれそれは激しくなったが、彼は受けた暴力を返すことは決してなかった。彼の率いる秘密結社が外界に破壊を加えたのは後にも先にもただ一度だけ、ロンドンが黒死病ペストの猛威に晒されていた時であった。

 彼は人を苦しめる病の根絶を願い、仲間と協力した秘術で市内の十三か所を同時に発火させ、病を町ごと焼き尽くした。

 その蛮行によって居場所を完全に失うこと、また大火によって多くの人命が失われることを知りながら、涙を流してそれを断行した彼はその夜、夢の中で東方に光を見る。

 この啓示にしたがって同志を引き連れ、長い旅の果てに呪術師たちの隠れ住む秘境に至った彼は温かく迎えられた。

 その後、彼はその恵み深い人柄と深い知識によって何度となく共同体を救い、老齢によって没する瞬間まで人々の拠り所であり続けた。

 

 蘆屋是直あしやこれなおという男がいた。

 高名な陰陽師の家系に連なる彼は、もはや時代遅れの外法に傾倒したが故に狂児と呼ばれ、一族の爪弾き者となっていた。

 ある時彼は家と職を捨て、放浪の旅に出た。占いで路銀を稼ぎながら進む途中、彼は山中にて奇妙な見た目の人々に出会った。

 自らの国の片隅でひっそりと暮らす異邦人達に強い興味を抱き、その一部となった彼は、自らの家系に伝わる秘術の限りを駆使して外敵排除の仕組みを作り上げた。

 それ以来、彼らの穏やかな生活を壊そうとした者たちはみな幻に惑わされ、病を発し、正気を失うようになった。

 幾重にも張られた呪と険阻な山々に囲まれた彼らの村落は不可侵の要塞となり、蘆屋は守護神と崇められた。

 

 弥栄惟平いやさかただひらという男がいた。

 明治政府の高官であった彼は政敵に命を狙われ、家族や腹心の部下と共に伝手を辿って日本列島の片隅に存在する不可侵の領域へと亡命する。

 そこで彼は深い教養を用いて混沌とした社会しか持たない原住民を導き、いつしか明治政府の中ではなしえなかった「理想の国造り」をここで行いたいと考えるようになる。

 彼は自ら提言した富の分配システムを核として政府を作り、それが整った1880年を新たに囁紀しょうき1年と定めた。

 それだけに留まらず彼は様々な機構を作り、法を作り、統一秩序を作り、もって国を造った。

 そして彼は、呪術師の末裔達の王となった。

 

 弥栄栄縁いやさかえいえんという女がいた。

 王家に育った彼女には三人の兄がいたが、彼らのうち二人は密かに日本と繋がり、もう一人はそれを激しく咎め、三人の諍いはやがて国を割っての大乱へと発展した。

 そんな中、民の声を受けて起った彼女は天性の謀略の才を発揮し、兄たちに時には取り入り、時には敵対し、配下の能力と情報操作を駆使して三人を自滅に追い込んだ。

 国難を救った彼女は軍神と呼ばれたが、しかし平和を手にして以後の彼女は一度も戦争にも陰謀にも関わることなく、幼少期より愛していた芸術の振興にのみ力を注いだ。

 前半生を血と畏怖に、後半生を美と雅に捧げた彼女は、有史以来初めての女王となった。

 

 

 

 大霊山の前身である集落の発生以来、60人を超す指導者がかわるがわる民をまとめ、導いた──その中でも特筆すべき功績を残した上の五人を、大霊山五傑と呼ぶ。

 連綿と続く支配者たちの中には暗君や暴君もいなかったわけではないが──大多数は世界に虐げられた祖先の思いを常に心に留め、民の安寧に心を砕いた治世を行ったと言ってよい。

 皆が五傑に続く六人目を目指し、正しく良い王であろうと努めていたのである。

 

                ──八咫沢明水著『大霊山俊王記』より抜粋


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