023:「望んで進んだ道ではないけれど」
クリスが命令を発してから数時間が経った。
漆黒の闇の中では、いかにこの辺りに慣れたクリスたちと言えども移動速度は落ちざるを得ない。警戒のため灯りを点けていなければ尚更である。
しかし、もう道からはかなり離れた──ここまで来れば東軍もそうそうこちらを追い切れないだろう。焦る必要はなかった。
もうしばらくで拠点に着く。
そう考えていたクリスの背後から、抑え気味の声がした。
「クリス姐さん」
「……ジュード? どうしたの」
「監視役を一旦別の奴に代わってもらいました──迅速に、かつ姐さんに直接報告しなければならない事が」
クリスは立ち止まり、人影に目を凝らす。
近寄ってきたジュードは、より一層声を落として言った。
「実は──思いつきました。本物の親分を見つける方法を」
「本当?」
「はい──思いついた、というか、正確には思い出したんですが」ジュードは思慮深げにクリスを見つめながら続ける。「数日前の朝、仕事明けのことです──姐さんや他の連中が隠れ家で休んでいる時、俺は親分と二人で行動していました」
「どうして?」
「親分は緊急事態に備えて、山のそこここに武器を隠しています。その見回りで。その仕事を終えた後、小腹が空いた俺達は手持ちの肉を焼くために火をおこしたんです──焚きつけに使った木が悪かったんですかね、火が強く爆ぜて親分の左腕に火傷を作りました」
「……なるほど」
「今日の服装では隠れている場所です──存在を知らない以上、奴らはそこまで化けられていないはずです。それを改めれば」
「その通りね」クリスは頷いて、再びジュードを見る。「でも、どうしてそれをこっそり伝えに来たの?」
「理由は二つ」
そこで言葉を切ったジュードは周囲に油断なく視線を飛ばし、それから思い切ったように早口で話し始めた。
「一つは、すでに偽の親分に懐柔された奴が出ているかもしれないからです。姐さんの方針──三人を離してそれぞれに監視を付けるやり方には、一つだけ欠点があったことに後から気付きました。それは奴らからすれば、俺達を個別に切り崩すチャンスだということです。現に、俺の監視する一人も何度もささやいて来ました──俺を信じて闇に紛れ、他の二人を殺せ。そうすれば次のナンバー2はお前に任せてやる、とね。他でも同じことが行われていて、しかもその企みが仲間から仲間へ伝播していたとしたら──他の奴は信用できません」
「もう一つは?」
「姐さんにだけ決定的な情報を伝え、その先の選択をお任せするためです」
クリスははっとした。
ジュードは表情を変えず、じっとこちらを見ている。
ジュードは言外に仄めかしているのだ。本物を見つけ出し救い出す手掛かりは得たが、必ずしもそれを使う必要はない──この機会にクリスが復讐を果たすとしても黙認する、と。
彼は当然クリスの境遇を知っている──心からドーパに従ってはいないことも。それを踏まえて、この千載一遇の好機を差し出しているのだ。
クリスとは違った形で、ジュードも策を巡らそうとしていた。
「あんたは……それでいいと思っているの?」
「俺は、姐さんに従います。きっと他の奴らもそうでしょう」
クリスは柔らかく笑う。
気持ちが嬉しかった──力で劣る女の身ながら頭が回るクリスに、ジュードは常に一目置いてくれた。ジュードが率先して態度を示しているため、他の者も同じようにしてくれる。
ドーパやラルフには嫌悪感があるが、そうした連中にはクリスはむしろ好感を持っていた。
自らを慕う者達を──危険から救わなくてはならない。
「あんたの気持ち、受け取ったよ。私も覚悟を決める」
意を決して、クリスは言った。
「もう東軍の心配はしなくていい──三人を縛り上げ、猿轡を噛ませなさい。これ以上、奴らに何かさせてはいけない」
「全員に伝えます」
「拠点に着いたら──火傷跡を検分し、化けている二人は殺す」
これだけは最初から変わらない──今更解放しても無意味だった。二人が本当に東軍と繋がっていた場合、それは大きな危険となる。全員の顔を見られている以上、仲間を守るために消すしかなかった。
「本物の親分はどうしますか」
「拘束を解かないまま、山道の近くに捨てる。東軍が本当に追ってきていなくても、定期巡回に引っかかるはず──ドーパは手配書も出回っているほどの悪党だから、余計なことを謳う前に即刻処刑されるわ」
「確実ではありませんが」
「私の手で殺しはしない。ドーパは私の両親を殺したけれど、少なくとも私は生かした──それが我欲の為であっても、生かされたという事実にだけは報いる」
必ずしも正しくはない判断、なのかもしれない。しかし、それがクリスの意思だった。
未だ失われぬ誇り──それに依って、自分なりの筋を通す。
気持ちが伝わったように、ジュードが薄い笑みを湛えて一礼した。
さらに一時間ほどが経って、仲間たちは無事拠点に辿り着いた。
面前に引き出された三人のドーパ──その衣服を捲り、クリスは火傷跡を検分する。ジュードの言った通り、一人だけにそれがあった。
「間違いない──このドーパが本物。あとの二人を始末しな」
部下が、速やかに刃を突き出す。音を響かせないために銃は使わない──死に物狂いの抵抗もむなしく、縛られた二人はほどなく事切れた。
憑き物が落ちたように黙りこくっているラルフに、クリスは視線を投げかけた。
「二人になっても、ドーパを殺さなかったのね──ラルフ」
「……そうして欲しかったのかよ」
それには答えずに、クリスは残った一人を見やる。
万感の思いを胸に、これまでクリスの生命を握っていた男を──冷たく見下ろした。
「手筈通りで、いいんですね」
最後の確認のように、ジュードが問う。
小さく頷いて、クリスは言った。
「ええ、私は後悔しない。あんた達、私について来なさい──望んで進んだ道ではないけれど、それでもあんた達は私の仲間よ」
周囲の部下たちが感極まったように、一斉にクリスの名を呼ぶ。
クリスも目頭が熱くなるのを感じた。
これで自由だ。
やっと──やっと、自由になれる。
そんな中で。
ただ一人──冷静そのものの声音で、ジュードが言い放った。
「それなら、縛られている彼を放してあげたまえ」
「……え?」
「いや何──詳しい事情は知らないにせよ、大方は察しているんだよ。君の復讐はとっくに遂行された、そういう話さ」
この場の雰囲気にそぐわない、落ち着き払った口調。
滑稽なほど泰然としていて、それでいて奇妙な迫力がある。
クリスはそれに覚えがあった。
ジュードが、まるで汗でも拭くように拳で自分の顔を撫でる。
絵具か何かが剥げたように──赤銅色の肌に一筋、女性の白い肌が覗いた。
「…………!」
警戒態勢を取る間もなく、首の後ろに冷たい刃が押し当てられる。
いつの間にかクリスの後ろに移動していたラルフが、空いている方の指を鳴らした。
「蠱術──『泥狐』」
瞬間、ばしゃりと水音が立つ。
瞬く間に露わになった真実は──クリスと彼女の部下を驚愕させた。
ジュードだったものが──あの偉そうな少女に。
ラルフだったものが──連れの男に。
本物のドーパだったはずの男が──ジュードに。
二つの死体のうち一つが──ラルフに。
舞台の幕が開くかのように粘性の液体が溶け落ち、一挙に変貌した。
「じゃじゃあん」
「何がじゃじゃあんだ」
緊張感のない声を上げる少女に、刃を構えたままの男が呆れ顔で呟いた。
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