020:「誇りはないのか?」
山中の邂逅は、ほどなくして訪れた。
「止まりな、お二人さん」
背後から女の声を受け、ミズハは足を止める。
目配せを寄越して、クグルノも同じように止まった。
後背から砂利交じりの道を歩く音──そして左右から、草を掻き分けるがさがさという音。それらが暗闇に支配されつつある山道に響いた。
ミズハの見立て通り左右から五人、後ろからは四人の人影が現れる──道を歩いてくる四人のうち、一人だけが女だった。
赤い髪を伸ばした、妖艶な雰囲気の女性。しかしその相貌に似合わず、薄汚れた武骨な防具を身にまとっている。その他の部下も同じように、軽い革製の鎧で身を守っていた。
改めて考えるまでもなく、荒事に慣れた武辺者の出で立ちである。
「利口だね」大人しく立ち止まる二人に、女は上機嫌の声音を寄越した。「無用の心配だと思うけど、先へ進んで逃げようとは考えるんじゃないよ。そっちもすでに、仲間が固めてるから」
「だろうね」
ミズハの落ち着き払った口調に、やや意外そうに眉を上げてから──気を取り直したように女は続ける。
「余計な言葉はいらない──単刀直入にいこうじゃないの。大人しく持ち物をすべて差し出して、ほんのしばらくの間窮屈に耐えてもらえるかしら」
「殺されるわけではないようでほっとしたよ」ミズハはにっこりと笑う。「私達は拘束されるというわけだ──君たちがこの場を離れるまで憲兵団に駆け込まれないための時間稼ぎかな? 何しろ、全財産を差し出した後の私達に利用価値などないからね」
「あら、そう謙遜することはないわよ」
女は笑みをますます大きくする。
周囲の男たちも、追従するように下卑た笑い声を上げた。
「あんた、よく見れば結構可愛らしいじゃないの。そっちのお兄さんもなかなかの美形だわ。二人とも若いし──全財産を失ったあんたたちに、割の良い仕事を紹介してあげる。ウチはこれでも良心的でね、アフター・フォローも万全なのよ」
「そうとも」
女とは逆側──前方から、三人の男たちがゆっくりとこちらに近づいていた。
女の声に相槌を打ったのは、その三人の中心にいる男らしい──伸び放題の髪と髭の奥から、ぎらぎらと光る眼がこちらを見据えていた。
こいつが頭領だな。一人だけ金属の装備を身に着けているその男を見て、ミズハは考えた。平均的な身長と体格だが、他を圧する暴力的な雰囲気が存在感を何倍にも感じさせる。
「クリスの言う通りだ──俺達に感謝して、大人しく縛につくんだな。それともお嬢ちゃんと痩せっぽちの男二人で、俺達と戦ってみるか?」
「ふむ」
野盗団の首領格の二人を等分に見回して、ミズハは顎に手を添える。
「よく分かったよ。君達に従えば、全財産を奪われたうえに何らかの非合法な店に売り飛ばされる──従わなければ殺されるか、少なくとも相当の負傷を覚悟しなくてはならない。まあ、比較的オーソドックスな要求なのだろうね。少なくとも不意打ちをせず対話の場を設けている分、確かに良心的な部類に入るのかもしれない」
他人事のような考察に、周囲から嘲笑が上がる。ミズハのこの対応を、精一杯の強がりと思っているのだろう。
それに冷や水をかけるように、ミズハはぴしゃりと言い放った。
「君達に誇りはないのか?」
しん、と沈黙が山道に満ちる。
呆気にとられた連中を見回して、ミズハは言った。
「君達にどのような過去があり、野盗に身を落としたのかは知る由もない。しかしながら、犯罪者に堕してもなお内心に誇りを保つ者もいるだろう──君達にはそれはないのか? 闇に隠れて弱者から僅かな金をかすめ取るのではなく、非道な行いで私腹を肥やすような者を堂々と狙うような気概は、すでに失っているのか?」
「……何だ、こいつは?」
頭領の男が訝しげな声を上げる。
「何だこいつは、と言ったな。答えよう──私はミズハ。君達のような誇りなき者を呑み込み、高みへ翔ける者だ」
ぷっ、と傍らのクグルノが笑う。
しかしその他の聴衆はそれほど朗らかな反応を見せはしなかった。
侮蔑と苛立ちの視線がミズハを幾重にも貫く。
それらを悠然と受け流し、ミズハはすっと右手を上げる。
「名乗りは終えた。もう話すことは何もない──そこの君、与えてくれた選択肢の一方を選び取ることを私は決めたよ」
言葉と共に、手を振り下ろす。
びしゅっ──という音と同時に、クグルノの放った泥が野盗たちの顔に命中した。
「ぶわわっ!」
「ぐえっ、何だこりゃ──」
「ぺっぺっ……この野郎っ!」
連中が口々に罵りながら、慌てて泥を拭う──その隙を突いて。
「戦おうじゃないか」
宣戦布告を残し、ミズハとクグルノは手近な茂みに飛び込んだ。
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