019:「それらはすべて運任せ」

 

 手近な宿で数時間の仮眠を取り、北に向かって歩き続けると夜明けごろには東部に入ることができた。

 郊外のまばらな街並みを眺めながら、ミズハはぼんやりと呟く。

 

「さて、東軍へ入るための手続きはどこでしているのかな?」

「まあ、最大都市の令寧(れいねい)に行きゃわかるだろ。東公もそこに住んでるし、東部の主要な官庁はあらかたあるからな」クグルノは冷静に答える。「ただ、俺達は南部のお尋ね者だ。夜半はともかく、日が高い時間には大っぴらに街道を歩かねえ方がいい──山間部を行くぞ」

「山賊が出るんじゃないか? そういう話だったろう」

「仕方ねえさ」

 

 すげなく答えるクグルノに、ミズハはやれやれとため息をついた。

 

「まったく、犯罪者というものは生き難いものだね──ところで、君はどうして暗殺者を生業に選んだのかな?」

「普通そういう事さらっと訊くか? デリカシーのねえ奴だ」

「非礼は承知だが、君も私の身の上話を聞いただろう──お互いに、知るべきことは知っておこうじゃないか」

「……別に、理由なんてねえよ。巡り合わせって程度だ」クグルノは歩む先を見つめたまま、ぶっきら棒に話す。「蠱術は発現するまでどんな能力かはわからねえ──こんな、人を欺くためだけにあるような能力じゃなけりゃ、もう少し違う道もあったかもしれねえがな」

 

 クグルノの話は一面では正しくもあり、また別の一面では間違ってもいる。明るみ始めた空を見ながら、ミズハはそう思った。

 確かに──能力は公平ではない。強い能力、弱い能力。便利な能力、不便な能力。能力がそれなりのものでも、それを当人が活かせるかどうかという問題もある──仮に、走っている間無敵になる能力を得たとしても当人が寝たきりの老人では意味がない。その意味では、どんな能力を得るかという運がその後の人生を左右する割合が大きいのはまごうことなき事実だろう。

 しかし、社会には能力を持ちながらそれを使わず、別のやりたいことややるべきことに打ち込んでいる者も多い。犯罪向きの能力でも、それを使わず真面目に生きる道だってあったはずだ。ならば、今ここにこうしているクグルノは彼自身で犯罪行為の責任を負うべきとも言えるだろう。

 ただ、そんなことは彼も分かっている──ことさらに言い立てるべきことでもない。

 

「まあ、そうだね。私もなんとなく強そうだから『贄蜥蜴』を自分のものにしたが、今のところ期待通りの効果が表れているとは言い難いし」

「お前の場合は特殊事例だがな。そんな無茶をする奴なんて、そうはいねえ」

 

 そう言って、クグルノは笑った。

 ミズハも笑い返した。

 

 

 

 険阻な山々の間を縫うように通っている山道──休憩を挟みながら進むうち、再び日が暮れた。

 

「やはり街道と違って、道行は捗らないね」

「まあな。だが、まあ明日には着く」

「だといいが。さすがに乙女の身としては二晩続けて野宿は御免被りたいよ」

 

 苦笑交じりにそう返したミズハに、クグルノが声を落とした。

 

「ところで──気付いてるか?」

「ああ。30分ほど前からだね──足音が増えている。巧みに隠しているようだが、人数が人数だ、さすがに気付くよ」

「どう見る」

「十人か、もう少し多いくらいじゃないか? 右手に三人、左手に二人。もう少し離れて背後に四人──もう一人か二人、私達の前に回り込もうと迂回している」

「さすがに正確だな。伊達に命狙われ続けの人生送ってねえってワケか」

「まあね──だから言ったじゃないか、山賊が出ると」

「いまさら言うなよ。で? どうするつもりだ」

「逃げるという選択肢はない──仮にも賊討伐の任に就こうとしている私達がそれでは格好がつかないからね。それ以外で、具体的には君に任せる」

「また俺か」

「君の方はどうか分からないが、私は君を信じている。君と、君の知謀をね。偶然の巡り合いではあったが、憲兵から逃げるための君の策に私は惚れ込んだのだよ──この程度、どうにかするだろ」

 

 どんな人間に生まれ落ちるか。

 どんな能力を得るか。

 それらはすべて運任せ──それは事実だ。

 そんな中でクグルノとの出会いは、間違いなく幸運と呼べる。

 最弱の能力しか持たない自分でも、王を目指せるんじゃないかと夢を見てしまうほどに。

 

 さらりと言ってのけるミズハに苦笑して。

 路傍の石を蹴り飛ばし、クグルノは呟くように言った。

 

「大層な期待だが、仕方がねえから応えてやるよ」

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