016:「不安定な爆弾」
「ユーク、君の力が必要だ。まさに私は、君の助力を求めてはるばるこの店にやって来たと言っていい──君の言う通り、これも一つの運命の形だろう。この縁を活かし、どうか私に道を示してもらえるだろうか」
ミズハは努めて優しく、ユークの瞳をまっすぐ見ながら語り掛けた。
人にはそれぞれ好む呼吸がある──それに合わせて語調や声色、語句を変えることが、効果的に意を伝えるのには不可欠。ミズハの信条だった。
ミズハの見るところ、ユークは他者に必要とされたがっている──しかし期待に沿わない言葉に対しては脆い。つまりユークの存在を尊重し、彼の語った言葉を肯定し、助けを乞う形で話すのが最も実利的と言える。
果たして、ユークは気持ちよさげに目を細めて答えた。
「やはり俺の目は確かだったぜ。ミズハちゃん、君は素直だ──そして賢い。俺にできることなら、喜んで協力させて貰おうじゃないか」
調子のいい奴、と言いたげなクグルノの視線を受けながら、ミズハは微笑む。
「ありがとう。君の聞いた噂話の中から、有用なものを教えて欲しいんだ──条件は三つ。一つ目は『有力者と繋がりが作れる話』、二つ目は『国軍に入り込める話』、三つ目は『大金を稼げる話』。このどれかだよ──優先順位は言った順で」
「なるほど──君はそれに臨もうというんだな? クグルノを仕事上のパートナーとして」
ミズハが頷くと、ユークは右手を額にかざすような姿勢で黙り込む。
しばし、黙考の時間が空く──ややあって口を開いたユークは、気遣わしげな視線をミズハに向けた。
「思い当たる話はいくつかあるが──君のようなか弱い少女の細腕には、いくらか手に余るかもしれない」
「危険は厭わない。クグルノもいるし、私もまんざら無力ってわけじゃないからね」
「それは──君も蠱術師だという事か?」
「そうじゃねえな。こいつは蠱術師として訓練は受けてない──ド素人の身で、訳の分からん野蠱を飼ってるだけだ」
言葉を挟んだクグルノが、エールを呷りながらちらりとミズハを見やる。
詳しく話せ、ということか──ミズハは察し、口を開いた。
「私の故郷は紀生(きしょう)という村──ここよりずっと南、大霊山の南端近くに位置する山間部の寒村だ。そこには『贄蜥蜴』という名の野蠱が古来より封じられていた」
「に……『贄蜥蜴』だって?」
素っ頓狂な声を上げたユークが、はっとして周囲を見回す。
彼はミズハに顔を近づけ、慎重に声を落とした。
「では……君がそれを解放し、紀生を壊滅させた……」
「知っているのかい?」
「こちらの業界では、君はちょっとした有名人だぜ。複数の殺し屋が君を殺す依頼を受注し、時にはここで情報交換や互いの牽制を繰り返している──もしかしたら今も、その中の一人がここにいるかもしれない」
「かもね。私の見る限り、知った顔はないようだけれど──未だ私の前に姿を現さず機を窺っている殺し屋もいるだろうから」
何気なく話すミズハをあっけにとられたように見つめ、ユークは苦笑を浮かべた。
「……なるほど、『危険も厭わない』というのは本当らしいね。命を狙われていながら、堂々としたものだ」
「生活上、必要に迫られたものでね」
「これは興味本位の質問だが──放たれた野蠱は、何をしたんだ? 曲がりなりにも一つの村を壊滅させたとなると、相当の破壊力だが」
「さあ」
「さあ?」
肩透かしを食らうユークに、ミズハは曖昧に微笑む。
「私もよく覚えていないんだ。封印を解いた瞬間、金色の光に目が眩んだ。そこで私の視界は閉ざされ──次に気が付いた時には、村の敷地の七割以上が更地になっていた」
そしてそれ以来──毎夜、同じ夢を見るようになった。
地平線を埋め尽くす軍勢を、世界ごと喰らう金色の蜥蜴。
ミズハの中にいる蜥蜴は、あの夢のようにすべてを喰らってしまったのだろうか。
「ふうん」クグルノが頬杖を突いて、気の抜けた相槌を寄越す。「そんな力を持っていた野蠱が、今じゃお前の中でただ飯喰らいってワケか──蠱術師じゃねえお前が『贄蜥蜴』を制御できないことを考えりゃ当然ともいえるが、だとしたらなんでお前から出て行かず大人しくしてるのかわからねえな」
「さてね。居心地が良いんじゃないかな?」
ミズハの混ぜっ返しに、馬鹿言え──とクグルノは言い捨てて再びジョッキを傾ける。倣うようにミズハもコーヒーカップに口をつけた。
対するユークは、真剣な表情でミズハを嗜めるように言う。
「忠告するが、できるだけ早く蠱術を基礎からでも学んだ方がいい。蠱術は妖力のある獣を嬲り殺し、怒りと恨みを増幅させることで異能を顕現する手段に精製する技術だ──人の手による蠱妖と同じく、野蠱もその身の内には負のエネルギーが満ちている。知識なく扱うと、災禍を招きかねないぜ」
「耳の痛い話だ。さしずめ私は不安定な爆弾を抱えた状態というわけだね」ミズハは頷く。「勿論、蠱術を学ぶつもりはあるんだ。だからできれば、それも考慮に入れたうまい話を期待している」
ユークは目を閉じ、椅子に座り直して正面を向く。
ブランデーを一口含み、唇を湿して──意を決したように、呟いた。
「一つだけある。君の希望を満たす話が」
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