第二章──純喫茶と母性と遭遇戦
013:「その器量があるかどうか」
「蠱術とは、何だ?」
開口一番にそんな言葉を聞いて、クグルノは思わずミズハを見やった。
日暮れ時──二人が邂逅した広場から伸びる街道の一つを共に歩くミズハは、何の衒いも照れもなく、かといって試すようでも挑むようでもない、すでに見飽き始めた泰然とした笑みを薄く浮かべてクグルノを見返している。
「あー……念のため確認しとくけどよ、そいつは『人生とは』『愛とは』みたいな問答じゃねえんだよな?」
「無論だ。君に愛の何たるかを問うのも、それはそれで面白そうではあるけれどね」ミズハはゆっくりと、大物ぶった口調で言う。「物知らずで済まない。私は蠱術を学んだことがないものでね」
「おいおいおいおい、蠱術師じゃねえだと?」
思わず足を止めた。
「冗談だろ? 蠱術の知識もねえ癖に封印されていた野蠱を解き放ち、自分の身中に飼ってるなんざ──毒を知らずに河豚を丸呑みするようなもんだぜ」
「珍妙な例えだな。だが、言いたいことは分かる」
どこ吹く風というように涼しい顔で、ミズハはにこりと笑った。
話をすればするほど、目の前の人間が理解できなくなる──とクグルノは思う。
知りもしないものを手に入れようと無茶をして、その結果自分の故郷を壊滅させ──それでいて妙に落ち着き払っている。何がしたいのかまるで分からない。
いや、『何をしたいのか』自体は明確だ──ついさっき、ミズハ自身が言ったように、彼女はこの大霊山の王の座を狙っているらしい。
突拍子もない話だが、だからこそ突拍子のない行動の根底になっていると考えれば筋が通ると言えなくもない──と、そこまで考えて自分の思考が理解できなくなり、クグルノは諦めて大きく一つため息をついた。
「蠱術ってのは、まあ──呪術の一種だ。大霊山で一般的な呪術は、『蠱術』と『魔術』に大別される──それくらいは知ってるだろ?」
「まあね。でも、どう違うかまではわからない」
「動物を用いる、って定義じゃ──まあ、ガバガバすぎるか。魔術も動物を使わねえわけじゃねえし」クグルノはしばし考えて、言葉を継いだ。「そうだな──『動物の魂を加工して使役する』のが蠱術、とでも言えばいいか」
「魂を加工?」
「俺は学者じゃねえ、詳しい説明まで求めんな。そういう話は──今から行く場所で、別の奴に聞きな」
「ふむ? そう言えば私達はどこに向かっているのだろうか」
今更そんなことを聞いてくるミズハに、クグルノは今日何度目かの呆れた視線を向ける。
大物なのか、馬鹿なだけか──未だにどちらか区別はつきかねたが、どちらでもそう変わらないとも言えた。
辺りがすっかり暗くなったころ、二人は目的の場所に到着した。
元居た場所から北上した場所にある、大霊山南部では有数の都市──渠江(きょごう)。その裏通りに、その店はひっそりとたたずんでいた。
くすんだ色の鉄板が幾重にも打ち付けられた外壁。
小さく、内側に窪んだ厚い窓。
ひとたび閉じれば何物をも寄せ付けない気概を感じる、武骨な扉。
まるで要塞のミニチュアのような、ごつごつとした店構え──それとは対照的な暖色の看板を眺めて、ミズハが苦笑する。
「純喫茶『フロムドーン・ティルダスク』? 喫茶店にしては剣呑な雰囲気だね」
「なんで純喫茶と名乗ってるのかは分からん。大方、意味なんてないんだろう──店名も同じさ。営業時間としちゃ、『
「……どういう店なのかわからないけれど、まあいいか。それよりも、さっきの答えをまだ聞いていない気がするんだけれど」
「……ああ」
私と一緒にのし上がってみないか?
ミズハはクグルノにそう言った。
馬鹿なことを、と一笑に付すのは簡単だった──事実、そのつもりでもあった。
しかしそれならそれでさっさとミズハを撒いてしまえばいいものを、なんだかんだでクグルノは彼女を伴って旧知の店を訪れようとしている。
自分でもくだらないとわかっているミズハの誇大妄想に、心のどこかが揺れたとでもいうのだろうか。
自分は眼前の少女に──何かを期待しているのか。
自らへの問いかけをはぐらかすように、クグルノはにやりと笑顔を作って見せた。
「様子見ってとこだ──お前の言葉も行動も、何もかも俺には滅茶苦茶としか思えない。しかしお前に、その滅茶苦茶な妄想を実現する力があるとすれば──この店は躍進の手助けになるはずだ。お前にその器量があるかどうか、確かめさせてもらう」
「ほう──そんなにも私に都合のいい店があったとは知らなかった」
「まあ、精々楽しみにしとけ。ここには、きな臭い話の一つや二つはいつでも転がってる」
会話を打ち切って、クグルノは踏み出す。
重い鉄の扉を開くと、悲鳴のような軋みが鼓膜を引っ掻いた。
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