(001):「断章1 それはかつて」

 

 それはかつて、現実だった。

 呪術、占術、魔術……儀式、契約、祈祷……ありとあらゆる隠秘主義オカルティズムは、世界を読み解き、世界に対するための処方として当然のごとく生活に密着していた。

 人は不可知であるものの存在を受け入れ、それに寄り添って生きていた。

 それに取って代わったのは、科学である。

 化学が、物理学が、生物学が、地球科学が、天文学が、数学が──数式と分析と観察とによってすべてを解き明かすと、解き明かすことができると、宣言した。それは、世界中に蔓延した陰秘主義の崩壊を意味していた。

 

 科学の優勢は誰の目にも明らかだった。

 しかし、それを受け入れない者はいた。

 彼らにとって科学など、長年に亘り続けられてきた蓄積を戯れに否定する、荒唐無稽な暴論に過ぎなかった。

 彼らが信ずるものは数式などでは表されず、分析など寄せ付けず、観察すら不可能だった。

 

 彼らは排斥された。

 それは、科学があまりにも平等だったことが一因として挙げられるだろう。それを学ぼうとする者は、誰しも平等に世界の理を得ることができた。

 平明に明快に、科学は世界を割り切っていく。もはや時代遅れの分からず屋集団と化した陰秘主義の最後の拠り所と言える、「現在の科学では説明不可能な現象」ですら──迷いなく伸びていく研究の道によっていつかは解明されるだろうと説明して。

 

 彼らは敗勢を悟り、落ち延びた。

 迫害を受けない場所。

 受け入れられる場所。

 それは、あらゆる価値観をそのままに受け入れ、数多の宗教を当然のごとく併存させて日常を送る──日本という小さな島国にしか残っていなかった。

 彼らはこぞって海を渡った。

 無論、日本にも近代化の波は押し寄せており、大多数はそれに従っていたのだが、彼らは運よくその新天地に潜り込み、治外法権と言える一区画を確立することに成功した。

 彼らの最後の楽園。

 人種も言葉も生活様式も何もかもが違う彼らがそこで共存することができたのは、それぞれが母国で迫害された経験を忘れなかったからでもあろうし、彼らを受け入れた日本の風土が作用した結果でもあるだろう。

 

 科学が支配する世界の片隅の、さらにそのほんの一角。

 そこで彼らの伝統と生活はいつしか混ざり合い、一つになった。

 非科学国家、大霊山の誕生であった。

  

             ──八咫沢明水やたざわめいすい著『大霊山通史』前文より抜粋

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