012:「私と一緒に」
「殺したのかい?」
意識を失い動かなくなった幾間を見下ろして、ミズハは顔にこびりつく泥を拭き取りながら問いかけた。
「いや──殺すつもりで刺したが、刃が通らなかった。衝撃で気絶しただけだ。なんつー首の硬い男だ」
クグルノが手に持った短剣を検分しながら答える。鈍い光を放つその刃は、ぎざぎざに刃こぼれしていた。
「彼の能力は体を硬化させる。本能的に危機を感じ取って、ぎりぎりのところで急所を守ったんだろう」
「残念か? それともほっとしてるのか?」
「まあ、両方かな」
適当に答えて、ミズハは暗い房の中で目を凝らす。
クグルノの陰に隠れるように──半透明の狐が纏わりついていた。
「それが君の能力か。『泥狐』──変身する能力、という私の推理は、完全に外れでもないが当たりとも言えなかったようだね」
「まあな。業界の中じゃ、自分が変身するだけの能力と思ってる奴も多い──誤解されていた方がいざという時有利だから、こっちもわざわざ説明したりはしねえけど」
用心深い、殺し屋らしい考え方だ。
『泥狐』──その能力の正体は、任意の色の泥を生み出す能力。他者を覆えばその者も化けさせることができるし、人間に限らず壁や無生物に模した泥も生み出せる。
直接的な戦闘能力は皆無だが、使いようによってはいくらでも応用が利く能力だ、とミズハは思った。
「それで? お前の能力は何なんだよ」
「うん?」
「うん? じゃねえよ」クグルノはミズハを睨む。「とぼけんじゃねえ──お前も
「私の能力が見えるかい?」
「うすぼんやりとした影だけだ。だが、やたらにデカい──当て推量だが、お前が故郷を壊滅させた事件ってのはそいつが絡んでんじゃねえのか」
「当たりだよ、詳しくはおいおい話すが」ミズハはにこりと笑って答える。「『
「ふうん──
「ヤコ?」
「知らねえのか? 蠱術師には常識だろ」意外そうに眉を上げて、クグルノは言う。「術者による使用を前提として生成されたモンじゃなく、自然発生した蠱妖のことだ。人に害をなすから、大体の場合は術者に折伏され、消滅もしくは封印される」
「ああ、ならそれだ。こいつは封印されていたのだよ──私の村に。それを、私が解いた」
「無茶しやがったな。野蠱は暴走すっと並の術者じゃ止められねえぞ」存外饒舌にクグルノは言葉を継ぐ。「で? そいつの能力は何だよ」
「さあ」
「さあ?」
眉根を寄せるクグルノに、首をかしげてミズハは言った。
「私も知らないんだ──こいつは何も語らないし、何もしない。せいぜい、私に向かって銃弾が飛んで来た時にそれを食べてしまうくらいでね」
「銃弾を防ぐ能力? だとしたら──最弱もいいところだぜ」
つまらなそうに言うクグルノに、ミズハは肩を竦める。まったく同意見だった。
あらゆる物理法則を超越し、奇跡を起こす異能──それがたかだか防弾チョッキで代用できるものだとすれば、こんなに馬鹿らしい話もない。
「まあいいや──さっさと逃げるぜ。お前を追ってきた殺し屋は綺麗に片付いて、憲兵の数も減っただろう。今ならこっそり逃げられる」
「その前に、一つだけはっきりさせておこう」
鉄格子を潜りかけたクグルノを引き戻し、その目を見つめてミズハは言った。
「君はいつまで、殺し屋を続けるつもりなんだね?」
「……ああ? いきなり何の話だよ」
「重要な話さ。日陰に潜み、宵闇に紛れ、人を殺して金を稼ぐ──自分が殺されても文句ひとつ言えない危険な商売。それを君はいつまで続けるつもりなのかと、私はそう訊ねているんだ」
「さあな。死ぬまでじゃねえか」
「本当に? まともに人として扱われない仕事を延々と続け、そう長くない一生をどこかのドブの中でゴミのように終えることが──本当に、君の望みなのか?」
「言葉には気を付けな」
クグルノが目を細め、低い声で威圧する。
「外野から常識ぶった物言いをするんじゃねえよ──続けることは『望み』なんかじゃねえ、『呪縛』なんだよ。一度でもこの世界に足を踏み入れちまったら、何事もなかったように表の世界に戻ることなんで出来ねえんだ。堅気の連中みたいに、気軽に転職できると思うな」
「できるとしたら?」
「あ?」
「この私が──君に『転職』の機会を、与えられるとしたら?」
「馬鹿なことを言いやがる。お前の言う、ドブの中のゴミのようなまともに人として扱われない殺し屋が、一体何の仕事に転職できるってんだ」
「国家の中枢さ」
突拍子もない言葉に、クグルノが口をぽかんと開ける。
ミズハは微笑んで、天井を見上げた。
陰鬱な石造りの天井を透かして──その先の青空を見上げて。
「王が死に、今の世は不確かで物騒な乱世に向かっている。その混乱に乗じるんだ──私は王として君臨し、君は国の中枢を牛耳る。人の命なんて細かいものじゃなく、いっそ国ごと奪ってしまえば良いんだよ。法も倫理も覆し、ドブの中のゴミが陽光をその身に浴びるのだ」
一羽の鳥になって、空に羽ばたけば。
きっとその目には、世界が映るのだろう。
想像に背筋を震わせながら、ミズハはクグルノに手を差し伸べた。
「君が必要だ、クグルノ──私と一緒に、のし上がってみないか?」
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