011:「終わったも同然だ」

 

「よう」

 

 三度房の前に立った幾間を、床に座り込んだクグルノが迎えた。

 

「なんだか騒々しかったな──だが、銃声が止んだみたいだ。突然襲撃してきた不逞の輩は鎮圧したのか?」

「ああ、全員な」幾間は檻の中のクグルノを見下ろして言う。「生き残った部下が拘束している──お前の企みは阻止した」

「あの女は見つかったのか? そうでなきゃ、勝ち誇るには早いと思うがな」

「問題ないさ。もう、終わったも同然だ」

 

 ふん、と鼻で笑って、幾間は手に持った鍵で房の鉄格子を開く。

 素早く体を滑り込ませ、扉とクグルノの間に立ちふさがった。

 

「房を出ろ、クグルノ──お前はこれから、俺の監視下に置く」

「なぜだ?」

「ミズハがお前を逃がすために戻ってくるからだ」

「わからねえな」クグルノは両手を挙げてかぶりを振った。「せっかく逃げおおせたのに、わざわざ戻ってくる? 何の得があってそんなことをすんだよ」

「それが取引だからだ」

 

 幾間の答えに、クグルノが口をつぐむ。

 

「殺し屋という奴らは、奇しくもお前自身が言ったように──プロフェッショナルだ。頭のおかしい例外を除けば、大多数はビジネスとして他人を始末する。その習性が染みついているお前らが、何の利得もなく他人に手を貸すわけがない。自分の処刑が天秤の一方に乗せられているお前ならなおさらのこと──自分の身も自由になる、その条件でお前はミズハに助力したに違いないんだ」

「……へえ」

「だからお前を拘束し、常に目を光らせておく。それでもミズハはきっと、お前を助けに来ずには済まされないはずなんだ──腐ってもプロのお前が、まさかみすみす見捨てられるような危険を孕んだ取引をするわけがないからな。危ない橋を渡る以上、ミズハの急所よわみの一つや二つ、握り込んでいるはずだろ?」

「成程、な。論理構成は不確かで稚拙だが──なかなか真に迫った推理だ」

 

 クグルノはにやりと笑ってそう評し、咳ばらいを一つした。

 

「だが──間違いだよ」

 

 続けて発せられたその声は──今までと違い、高かった。

 変声期を終えた男性とは思えない──高い声。

 

「えっ」

 

 放とうとした言葉の切れ端だけが空中に残り。

 首の後ろに鋭い衝撃を感じて、幾間の視界がぐるりと転回した。

 強い目眩と共に房の床に倒れ込んだ幾間は、わずかに残った力を振り絞って首を曲げる──先程まで幾間が立っていた場所、その背後の石壁がぐねぐねと脈打ち、刃を持った一本の腕が生えていた。

 

「……な……」

「蠱術──『泥狐どろぎつね』」

 

 低い声が響き。

 石壁がどろりと融け落ちて──突き出された腕に連なる一人の男が現れた。

 痩せぎすの体に、うねる長髪。

 酷薄そうな薄い唇と、怜悧な光を宿す細い眼。

 全身に石壁柄の泥を纏っていたのは、クグルノだった。

 

「な……に……?」

 

 閉じかける瞼を必死で開く幾間を、ついさっきまで話していたクグルノが──いや、今まで幾間がクグルノだと認識していた人間が、屈んで覗き込む。

 その顔もどろどろと崩れ落ち──

 

「誰一人、逃げてなどいない。彼はずっとここにいたんだ。石壁を装ってね──そして接見室で君と話したのは、私だよ」

 

 微笑むミズハの顔を睨み返す力も残っておらず。

 幾間の意識は、闇に吸い込まれていった。

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