007:「聞き間違いか?」
憲兵詰所の休憩室。
その殺風景な天井を見上げながら、幾間はため息をついた。
「ミズハ……あいつ、まだ捕まってなかったとはな……」
数年ぶりに姿を見せたミズハ。
前振りも何もなく突然に、それでいてふらりと当然のように現れ──何の気兼ねも躊躇もなく、幾間に挨拶をして見せた彼女。その神経は、幾間には理解できなかった。
自らのした行いに頓着がない、どころか──まるでそのこと自体を忘れ去ってしまったかのような、軽やかな態度。
軽率かつ浅慮な行動で一つの集落を壊滅させ、多くの人を死なせたというのに。
「師匠……」
掠れるような小声で、呟く。
それは空中に発した当初には嘆きの湿り気をわずかに帯びていたが、すぐにその残滓は消え失せ怒りだけが残った。
師匠が死んだのも──ミズハのせいだ。あいつは報いを受けなければならない。
それが幾間の手によるものではなく、幾間と同じ、集落の数少ない生き残りが放った殺し屋の任務遂行によるものでもない──国の定めた法によるものになるということに、複雑な感情を抱かないわけではない。
しかし、ある意味ではそれが一番良いのかもしれない。もうこれ以上、奴のことで思い煩うのは御免だ──そう考え、幾間は無理矢理に自分を納得させようとしていた。
席を立ち、休憩室を出る。
「副隊長」
廊下に、部下の隊員が当惑したような表情で立っていた。
「どうした?」
「先程収監した者が、別室での接見を願い出ております」
「接見だと? 誰に連絡を取るつもりなんだ」
「それが、その……副隊長に」
「俺に?」
幾間は顔をしかめる。
ミズハ──この期に及んで、旧知の俺に縋ろうとでもいうのか。
無理に押さえつけている感情がまたぞろ頭をもたげるのを感じながら、努めて冷静に応じた。
「俺の方はミズハに会いたくない。接見室の使用は未決囚の権利だが、接見相手が招致に応じない権利も当然に存在する──本人にそう伝えろ」
「いえ、そうではなく」
部下は顔の前で手を振り、答えた。
「接見を申し出てきたのは、クグルノの方です」
「接見の許可、感謝するぜ」
接見室の椅子に腰を落ち着けたクグルノは、妙に落ち着いた様子で強化ガラスを挟んだ席に座る幾間に目礼した。
「どういうつもりだ?」
「愛想がねえな。年上に対する礼儀を忘れちゃ、社会は立ち行かねえと思わねえか?」
「寝言を吹くな──薄汚れた殺し屋が。直属の上司を殺した貴様に礼儀を尽くす必要などあるはずがないだろう」
「殺した? 聞き間違いか?」クグルノは細い目を見開き、大袈裟に耳に手を添えた。「銃を構え、引き金を引いたのはお前らだろうが。ヤツの肉体を引き裂き、体組織を破壊し、衝撃と出血によって生命活動を停止させたのはどう見てもお前達の仕業だぜ」
「この──」
立ち上がりそうになり、幾間は自制する。
この男──クグルノは、故意にこちらを挑発しようとしている。それは明らかだ。
変身能力を持つこの男は、言わば『騙し』のプロ──そんな相手に隙を見せるなど、愚の骨頂だ。
「そんなことを言いたくて、わざわざ接見室の使用を申請したのか」
「もちろん──そんなわきゃねえさ」
挑発が防がれたと見るや、クグルノは煽るような表情を即座に消して座り直す。
「ここを使ったのは二人きりで話がしたかったからだ。俺と同房のあの女──お前とは浅からぬ因縁があるらしいあいつに、聞かれたくねえからな」
「ミズハ……か」
「まどろっこしい前置きは抜きだ」
クグルノは声を潜めて、にやりと笑った。
「あの女──今なら俺が、殺してやれるぜ?」
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