004:「お前の命を狙ってるんだ」
「初対面だと? とてもそうは見えないようだが」
憲兵隊長は眉根を寄せ、ミズハをすがめる。
ミズハも負けじと胡乱な視線を投げかけた。
「君の方こそ、私に対してまるで初対面のようなよそよそしい態度を取るのはどういうわけだね? 寂しくなってしまうじゃないか、
「──誤解を受けかねない言い方は止せ」
小路泊は嫌そうな表情を浮かべ、蠅でも追うように右手を振って見せる。
「現在は勤務中だ。それも重犯罪者の拘引と処刑という重大な任務の途中だ──そうそういつも通りにしている余裕などない」
「公私を分ける、というわけかね。まあ、一理あるかもしれないね」ミズハは顎を引き、地面に伏してなおもがき続ける男を指す。「彼の名前は?」
「クグルノ。本名かどうかはわからない」
「なんでも殺し屋だとかいう噂だが」
「ああ。腕利きのな」小路泊はミズハを再びねめつける。「なんでそんなに知りたがる? 初対面なんだろ」
「初対面だからだよ。知らないことには何事にも興味を持ち、出来る限り情報を集めておくのが私の流儀だ──後々、何が命拾いになるか分からないからね」
にっこりと笑ったミズハの肩を、背後から誰かが掴む。
振り返ると、そこには知った顔があった。
「やあ──失礼、ここにいたとは思わなかった。憲兵としてご精勤のようだね、
「お前……こんな所で何やってんだよ」
ミズハを睨みつける憲兵服姿の男──
痩せ型ながら筋肉質の締まった体型と、逆立った短髪が言葉と表情の剣呑さを助長している。
「別に、何ということもないが」
「とぼけんじゃねえ!」
「おやおや、ずいぶんなご挨拶だね……仮にも同郷の友に対して」
「何が同郷の友だ! ぬけぬけと……!」
今にもつかみかからんばかりの幾間の様子を見かねて、小路泊が間に入る。
「おい、どうした? まずは落ち着け──彼女と知り合いなのか?」
「知り合いなんてもんじゃないです、隊長」幾間は吐き捨てるように言った。「こいつと俺は同郷で……こいつは、俺達の里を滅ぼした張本人ですよ」
「滅ぼした……だと?」
「お前、『あれ』をどこにやった! まさか、まだ持ってるんじゃないだろうな!」
「残念ながら、まだ持っている」
ミズハの答えに一層気色ばんだ幾間を、小路泊が無理矢理に止めた。
「おい、落ち着けと言っただろ! 何があったのか知らんが、今は仕事中だ──私情を持ち込むんじゃない!」
「……すみません」
「お前も行け!」
小路泊の命令に、ミズハは小さく首をかしげる。
「彼の精神衛生の為に、私もできればそうしてあげたいところではあるが──申し訳ないが、処刑を見学させてもらうことにするよ。少し、気になることがあったのでね」
「……!」
今度は小路泊が苛ついた表情を見せたが、逆に幾間は少し冷静さを取り戻していた。
「失礼しました、隊長。俺なら大丈夫です──あいつが見ていても構いませんから、さっさと仕事を終わらせましょう」
「……そうか。では、準備が整い次第……」
小路泊が指示を出そうとした時、広場の石畳にぽつりと水滴が落ちた。
俄かに曇った空からまばらな水滴が降り始めている。
「おや。少し前までは快晴だったが、不思議だね」
暢気なミズハの声を努めて無視しながら、小路泊は言い直す。
「空模様が良くない。まあ、通り雨だろうが──ここで一旦小休止としよう。処刑は改めて行う」
指示を受けた憲兵たちが、殺し屋を連れて軒下へ移動していく。
一人残った幾間が、うんざりした表情でミズハを見やった。
当のミズハは天を仰ぎ、肩を竦める。
「間の悪いことだ。さっさと私と離れられなくて残念かね?」
「ああ」素直に答えた幾間は、去り際にミズハに顔を近づける。「そうやって余裕たっぷりでいられるのも今の内だぞ──『あれ』を追う者全員が、お前の命を狙ってるんだ」
知ってるよ、と。
せめてもの気遣いで、ミズハは幾間の背中に投げかけるべきその言葉を呑み込んだ。
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