002:「議論をしに来たわけじゃない」

 

「黒沢。仕事の調子はどうだい?」

「順調だ。お前を始末する仕事以外はな」

 

 ミズハの作った目玉焼きを食べながら、黒沢は憮然として答える。

 テーブルの向かい側に座った彼を、ミズハは頬杖を突いて見やった。

 黒沢も──随分と素直になったものだ。

 何か月も前、初めてこの家に侵入してきた黒沢は──まるで飢えた獣のように眼をギラつかせていた。

 躍起になってミズハを殺そうとし、ありったけの弾丸を撃ち込み、さんざ飛んだ跳ねたをして──万策尽きると、心底悔しそうに雄叫びを上げた。

 その頃から一貫してミズハの方は態度を変えていないが、黒沢がミズハの言葉に返答してくれるようになったのはごく最近のことだ。

 今では、こうして朝食を一緒に食べる仲である。無論、まだ会うたびに殺そうとしてはくるのだが。

 

「最近はどんな仕事を?」

「守秘義務って知ってるか? 話せるわけないだろう」

 

 黒沢は呆れたようにミズハを見てから、また皿に視線を戻す。

 

「凄腕の殺し屋、黒沢牢主くろさわろうしゅに付け狙われている私だ──もう余命はいくばくも無いだろう。死人に口なしさ、気軽に話してみたまえ」

「よく言うぜ」

 

 黒沢はまったく取り合わず、グラスに注がれた牛乳を飲み干す。

 

「王を殺したのは──君か?」

 

 ミズハの言葉に、黒沢が噎せて咳き込む。

 口髭が牛乳で満遍なく濡れた。

 

「慌てて飲んではいけない。食事はゆっくりとするに限る──人体は速く食べれば速く栄養を吸収できる、というような作りになってはいない。却って負担がかかるだけだ」

「何を……馬鹿な」

「本当の話さ。医学の初歩の初歩だ──嘘だと思うなら調べてみたまえ」

「そうじゃない! 俺が言いたいのは」

「ああ、王殺しの件か」

 

 とぼけた口ぶりで応えながら、ミズハは食卓に置かれたティッシュ箱を黒沢に手渡す。

 汚れた顔を拭きながら、黒沢が不快そうな顔をした。

 

「いいか、ミズハ……王様を殺したのが俺だなどと、二度と口走らないでくれ。この上もない侮辱だ」

「そうか、それは済まない。気をつけよう」ミズハは取りなすように、両掌を黒沢に向ける。「何しろもの知らずでね。我らの王は暗殺された、その事実しか知らないんだよ。どこかの殺し屋が王を殺した──君も殺し屋稼業を営む身である以上、そのカテゴリーの中には入って来るだろう」

「カテゴリーで語るな」黒沢は顔を拭き終え、次にテーブルを清め始める。「俺は金さえ受け取れば何でもやる下衆野郎じゃない……正しくないと思う依頼は受けない。明らかに不可能な依頼も」

「君にとって『王殺し』はどちらなんだね? 不正か、不可能か」

「両方だ──王様は俺達の住むこの『大霊山』の規律と均衡そのものだ。はした金と引き換えに自分の住む世界を壊す馬鹿がどこにいる?」

「どこかにはいたんだろう。事実を見る限りでは」

「余所者さ。『大霊山』に住む奴じゃない」黒沢は迷いなく断言した。「ここに住んでる奴なら、そもそも王様を殺そうと思いつくこと自体があり得ない。何しろ、王様は──『不死身』なんだから」

「だから両方、ってわけか」

 

 ミズハは椅子に背を預け、天井を見る。

 大霊山このくにを束ねる王、弥栄鋭峰いやさかえいほう──不死身の王の死という、半ば矛盾じみたこの事件が起きたのは一月ほど前の話だ。

 衝撃と悲しみが全国を覆い、やがてそれを塗り替えるように──混沌が押し寄せる。

 今、この国には目に見えて厭世観が蔓延し、治安は悪化していた。

 

「しかしだ──結果から言えば、王は殺された。自らを不死身と大々的に喧伝し、民にも信じられていた王が。これは一体どういうことなんだろうね?」

 

 抽象的なミズハの問いに、黒沢は眉を上げた。

 

「わからんよ」

「君の意見では余所者──つまり『大霊山』の外から来た者、具体的にはまあ……『日本人』を始めとする外国人の誰かが王を殺した、ということになっていたわけだが、どうやって犯人は王を殺したのだろうか? 私達とは違い、何の能力もない彼らが」

「…………」

「君の主張とは逆に、私はこう考える──不老不死の能力を持つ弥栄陛下を殺せるのもまた、超常的な能力を持つ者だけ。そしてそれはすなわち、我らが『大霊山』に住む者でしかありえない」

「……俺は議論をしに来たわけじゃない」

 

 黒沢はティッシュをもう一枚箱から取り、口を拭って席を立った。

 いつの間にか、皿は綺麗に空になっている。

 

「もう行くのかい?」

「ご馳走さん──家に戻って少し寝て、次の現場だ」

「それはご苦労様」

 

 王に忠実で仕事熱心な殺し屋。それは倫理上良いものとすべきか、あるいは逆か。

 そんなことを考えていると、背後から発砲音が轟く。

 振り向かないまま、ミズハは腕を組んで呟いた。

 

「前にも言ったと思うが、消音器を装着してきた方が良いな。私も近所から苦情を言われたくはないし、君のプロ意識からしても無関係な人に迷惑をかけることは本意ではないだろう」

 

 舌打ちの音と共に、扉が閉まった。

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