第73話 ミヤモト、再び
アリサを街に派遣してから数日後、市長と副市長がウチにやってきた。
勿論、冒険王のマルクスさんも引き連れてだ。
「いやはや……本当に貴方たちには驚かされることばかりです」
副市長が紅茶を飲みながら感嘆のため息をついた。
「しかし香辛料をあの値段で卸すとはね……」
市長はただただ目を白黒させている。
「しかし、これを本当に俺たちの商会に任せてもらっても良いのか?」
そう言ったのはマルクスさんだ。
「ああ、マルクスさんのところを通して売りさばくのが一番楽だからな」
「しかしなあタツヤよ。これは本当にとんでもないことになるぞ? いや、実際にそうなってるんだが……」
「市長さんまでやってきたのは本当に驚いた。どういうことなんだ?」
「アリサから聞いている毎月の卸量を考えるとだな……このままじゃ領主が全力で顔を出してくるぞ? 死人もでるかもしれん」
「穏やかじゃねえな、どういうことなんだ?」
「香辛料の交易路は別名……ゴールデンデッドオアアライブロードと呼ばれている」
「物凄い語呂が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
マルクスさんがまさか……こんな古いネタを拾ってくれるとは思わなかったぜ。
まあ、知ってる訳ないし偶然なんだろうけど。
「で、どういうことなんだよ?」
「南方からの香辛料を運ぶ道で、長い長い道のりだ。魔物や盗賊もわんさかでるし……」
「なるほど。それでデッドオアアライブか」
「そういうことだ。ただし、その道のりを走破することができれば莫大な利益を得ることもできる」
「だからゴールデンなんだな。しかし、どうして領主が?」
「香辛料については……世界を股にかける色んな大商会と、世界中の色んな国が絡んでいる一大利権なんだよ。既に巨万の富を得るシステムが構築されちまっているんだ」
「そこに得体の知れない香辛料が大量に放り込まれると……って話か? そりゃあまあ、既得権益を持ってる連中からすると一大事だわな」
「違う。生産方法だ」
「……生産方法?」
「さすがにこれ以上はごまかせない。今までは敢えて黙っていたが……砂糖にしろ、香辛料にしろ……ここで作ってるんだろ? 本来はこの地域では取れないはずのものがここで取れている。これって大問題だぞ?」
「まあ、金のなる木みたいなもんだからな」
「俺たちの街は自治領的側面が強くてな。市長の上にはやっぱり国があるんだ。で、領主……国王にお前たちのことが伝わるのも時間の問題だ。いや、既に耳に入っている」
「そうなると?」
「最低でもここの農園は国王直轄になって多額のマージンを奪われるだろうな。下手すれば農園そのものを取り上げられるかもしれん。それほどにこの農園の生み出す利益はヤバいんだ」
おいおいマジかよ……と思ったところで俺はポンと掌を叩いた。
「いや、この地域って魔王領じゃねーの?」
「その辺りは曖昧でな。魔王コーネリアは領地にはこだわらんし……お前らは人間で街で商売をしてるから、それだけでここも含めて国王の支配下だという理屈は一応は通じる」
「いや、でも俺……コーネリアから自治領主としての許可受けてるよ?」
と、そこで一同が絶句した。
「お、お、お、お前……魔王コーネリアから自治領主として認められちまってるってえのか?」
顔面を蒼白にさせた3人からすると……どうやら、ここの村長ってのはとんでもない立場みたいだな。
「しかし、そうなると……これは領地戦争になっちまうな」
と、マルクスさんはため息をついた。
「どうしたんだ?」
「実はな……国王は既にここの農園を脅し取る準備をしているんだ。ここの戦力は手乗りウサギとその女王程度ということは伝わっていて……それを駆除できる戦力を集めている」
「おいおい、物凄い喧嘩っ早いみたいだが……」
「本当のことを言おう。元々は国王とお前たちの仲裁に入るために俺たちが来たんだよ。税金として国王側に支払う利益との折り合いをつけるためにな。だが、ここは魔王が認めた自治領だ……それをやると完全に国王側からの無理筋となる」
「俺たちに武力をもって脅しなりを仕掛けてきたら、コーネリアを相手に喧嘩を売るってことになるわけだな」
コクリとマルクスさんは頷いた。
「今すぐ辞めさせねばならん。俺はこれから早馬で王都に向かうが……恐らくは間に合わない」
「間に合わないっていうと?」
「国王は迅速を旨とするせっかち野郎なんだよ。恐らく……戦力は既に結集していて、すぐに話し合いという名の恫喝に来るはずだ。その時点で魔王と国王的には色々と不味すぎる。俺が間に合わなかった場合は……頼むから穏便に済ませてくれ」
「ちなみに相手の戦力は?」
「手乗りウサギの駆除だからな。剣聖が5名に賢者が10名、聖騎士が50……最低限でその戦力だ。国家の防衛戦力の丸ごとそのままと言い換えても良い」
そうして、ポンとマルクスさんは掌を叩いた。
「――あと、逃亡勇者のミヤモトとかいうのもいたはずだ」
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