第60話 おっさんと女子高生

 サイド:鮎川マユ


「おかしい」


 最初に思ったのはその一言だった。

 危険度Sランクに指定されている獣人:手乗りウサギ。

 そして厄災級指定されているその女王。

 魔界の貴族であるサキュバスの王家に、更には近隣を震え上がらせているウロボロス。



 ――ウロボロスがメイド服を着ているのを見た時は2度見……いや、3度見した。



 この小屋の一つを落とすのに、どこぞの王国が騎士団全軍を派遣して国を空っぽにしたと言われても私は驚かないだろう。

 いや、多分……それでも勝てない。


 常識外れとかそういう次元ではなく、もう……色々とおかしい。

 農業スキルしかない、戦闘では役立たずなオジサン。

 驚異的な戦闘能力を持つ彼女たちにとっては、オジサンはただの雑魚でしかないはずだ。


 でも、事実として彼女たちはオジサンを慕っている。


 更に言えばエルフが10名にドワーフの子供までいる。


 手乗りウサギとエルフの不仲は有名な事だし、偏屈で有名なドワーフの一族が他種族との共存をしていることも本来であればありえない。


 一体全体どうしてそんなことに……と、すぐに疑問は氷解した。



 タツヤのおじさんが日本から色々と取り寄せできる万能スキルを持っているというのが考えられるその理由だろう。


 あ、あと……農業スキルだね。


 そして、そのスキルで作った野菜と、取り寄せた調味料でのご飯が本当に美味しい。

 この世界の料理って、ぶっちゃけた話……全然美味しくないんだよね。


 素材そのものはお金を払えば日本よりも良いモノもあるんだけど、調味料と調理法で全部が台無しになっている。


 っていうか、豚の生姜焼きを今食べているんだけど……涙が出そうになった。


 この世界に来てから辛いこと……いっぱいあったもんね。

 とっても懐かしくて、優しくて、そして……美味しい。


 そして、彼女たちがおじさんを慕っている一番の何よりの理由は――


 ――タツヤのおじさんの人柄だろう。








「ごめんなさい。私……タツヤのおじさんを置き去りにしちゃった」


「良いよ良いよ。気にすんな」


「……え?」


 そうなんだよ。この人って……こういう人なんだよね。

 細かいことは気にしないというか、基本的には物凄く人が良い。

 それは、殺伐としたこの世界ではありえないくらいに。 


「多分だけどお前は止めてくれたんだろ? それで連中が無理やり……って感じだったんだろうな」


「……うん。まあ……そうなんだけどさ」


「だったら、仕方ねーじゃないか。お前も連中には逆らえなかっただろうし」


 その言葉を聞いた時に私は茫然としたものだ。


「どうしたんだよ……苦笑いして?」


「いや、何でもないよ?」


 うん。この人……やっぱ器が大きい。

 いや、器が大きくて、そして底が抜けているレベルだ。

 普通なら顔面にパンチを入れられても一切文句を言えないような酷いことを私達はオジサンにやってしまった。


 でも、この人は笑って許してくれたんだ。 

 ちょっと頼りない感じだけど、笑顔も本当に人が良さそうなんだよね。

 そんな笑顔を見ていると、逆に私は罪悪感に駆られてしまう。

 せめて私の事を責めてくれるのなら……と、思わないこともない。


 これから、私は何があってもオジサンに……あの時の償いはしなければならない。


 と、それはさておき――。







 ――まあ、この世界に来てから色々あった。


 日本とは違って道徳も倫理観も滅茶苦茶で。

 普通に人が死んで、強盗と言う手段が生きる方法として普通に選択肢にあるような殺伐とした世界。

 私たちは生きる為に戦闘の訓練をさせられたけれど、それも地獄以外に形容できないような……無茶なモノだった。


 私は役立たずとして途中で訓練施設から捨てられて、色々あって比較的幸せな環境で過ごすことができたんだけど……それでもやっぱり殺伐としてて。



 ――タツヤのおじさんを見て、久しぶりに日本を思い出すことができた。



 この世界でこの人は、日本の良いオジサンのそのままで――。

 そんなことで、ちょっとだけ泣いてしまうほどに私の心は参っていた。


 ともかく、そんなオジサンだからこそ……ここの女の人たちは惹かれて集まってきているんだろうなと思う。


 だって――

 みんなで騒いで。

 みんなで馬鹿やって。

 みんなで笑って。


 そんな当たり前のことが当たり前にできる場所って、多分……この世界には無いから。


 だから私はオジサンに拾われて――何か……すっごい安心した。


「ところでマユ? お前はどうして血まみれで倒れていたんだ?」


「それは――」


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