第28話 森のちびっこ手乗りギャング



「タツヤ様っ! あれはエルフの数十人の術者が協力して発動させる儀式魔法ですわっ! 私やソーニャでも直撃を受けると相当なダメージを……」


「いや、大丈夫だ」


 確実にそうとは言い切れないが、俺の農具取扱スキルが教えてくれているような気がするんだ。

 確信に近い気持ちで俺はみんなを守るように前に出て、ファイアーボールに向き直った。


 巨大ファイアーボールとの距離差は五メートル。

 そして三メートル。

 一メートル。



 ――ここだっ!



 俺はクワを大上段に構えて――そして巨大火球に振り落とした。

 シュインっという効果音と共にファイアーボールが消失する。


「おいおい……消えちゃったよ」


 っていうか農具取扱スキルってヤバいな。

 ただのクワだぞこれ。


 気が付けば矢の雨が降り止んでいたので、柵の向こうのエルフに視線を向ける。


「あ……」


「嘘……だ……ろ?」


「エルフの十八番オハコの高位儀式魔法を……属性付与すら無さそうな武器で掻き消した……?」


 物凄い驚いているみたいだが、そりゃあ驚くだろう。


 ――だって俺も驚いてるもん。


 と、そこで俺はなるほど……とポンと手を打った。

 だからギルドで出会った冒険王も魔王コーネリアも俺にクワを構えさせたのか。


「さすがですねタツヤ様。私も防御術式を展開しようとしてたのですが……私が防いだ場合は全員がノーダメージという訳にもいかなかったでしょう」


 ニコリとマリアが笑う。

 うん、普段はセクシーな美人さんだが、笑うとちょっと愛嬌あるんだよなマリアは。


「すごいですー! タツヤは凄いんですー」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらソーニャがこちらに向かってきて、そしてダイブと同時に俺に抱きついてきた。


「神降臨なのですー♪」


「戦の神なのですー♪」


「ほう、つまりはニンジンだけの男ではないということか」


「一生ついていきますぜアニキー!」


 手乗りウサギ達も「すごいすごいっ!」と言いながらちょこまかと嬉しそうに飛び跳ねている。


「いや、お前らのせいでこうなってんだろうが」


 ゴツンとソーニャにゲンコツを落とす。


「うぅ……痛いんですー」


 と、そこで門の上部の物見台にいたローブの魔術師達が青ざめた表情で集落の中へと消えていった。


「どうしようか?」


 アリサにそう尋ねた時、固く閉ざされていた門が開いた。

 そうして集落の門から現れた女は――とてもスタイルの良い美人さんだった。

 金髪碧眼でスラリと長い手足。年齢は人間でいうなら二十才前後だろう。

 まあ、絵にかいたようなエルフってやつだな。

 追従する者は一人もおらず、彼女はただ弓と背中に背負った矢のみを頼りにこちらに向けて歩いてくる。

 っていうか……コーネリアほどではないが、何となくあの美人さんからは威圧感を感じる。


「アカン……エルフの女王が出てきおった」


 見ると、アリサは青ざめた表情で腰を抜かしている。

 マリアも冷や汗をかいてるし……このパターンはちょっと不味いんじゃないか?

 と、そこで――


「ヤバいの来たのですー」


「エルフの王女なのですー」


「ヤバすぎなのですーどうしようもないのですー」


「隊長っ! 逃走の許可をっ!」


 ソーニャが手乗りウサギ達に視線を向ける。


「うふふー小ウサギちゃん達ー?」


 そうして彼女は底抜けの笑顔で笑った。


「許可は出しますですよー。ただし……闘争の許可なのですよ」


 言葉と同時に手乗りウサギ達は阿鼻叫喚の地獄絵図のように騒ぎはじめ、ソーニャに非難の視線を向けた。


「鬼なのですー」


「無理ゲーだろそれ」


「鬼軍曹降臨きたこれ」


「ヤバいよヤバいよーほんとヤバいよー」


 とはいえ、手乗りウサギ達も女王の命令とあればどうしようもないようだ。

 全員が怯えながらもエルフの女王に向き直った。

 いや……違う。


 後ろをチラチラ確認してるし、逃げる気マンマンだなこいつら。


「ってか、どうして闘争なんだ? お前らはニンジン絡みじゃない限りは基本は温和だろう?」


 ええ、とソーニャは頷いた。


「あのエルフもまたニンジンマニアなのですよ?」


「ニンジンマニア?」


「エルフはベジタリアンなのですよー。野菜をとても大切にするのですー」


 なるほど。

 そりゃあ……盗みを働くウサギ達とは険悪になるわな。


「それで一度……私達が巣穴の近くに蓄えていたニンジンが盗まれたことがあるんですよ。私達の留守中にあのエルフの女王率いる兵団に盗まれてしまいましてねー」


「いや、そもそもはお前らが盗んだものなんだろ?」


「半分はエルフの集落からのニンジンでしたけど、もう半分は魔界の貴族グルメの倉庫からですよー」


 っていうか、こいつらヤバそうなところばっかに盗みに入ってるのな。

 いや、だからこそ進化の過程で手乗りウサギの種族は強力な戦闘能力を習得したのか。


 と、そこで手乗りウサギ達が――ざわめき始めた。

 耳がピンと立って毛が逆立ち、元々は青色の瞳が変色して赤色になっている。


「思い出したわっ! そういえば二年前にニンジンが急に消えたことあったわっ! あの時は絶望に打ちひしがれたもんやで正味の話っ!」


「ってか、あのアマが……ニンジン盗みよったんかいなっ!」


「おうおうっ! そういう事情やったら――やったらんかいコラっ!」


「ニンジンに手を出したら……後は命のやりとりしか残ってねーだろうがっ!」


「勝てる勝てんの問題やないっ! どうせ死ぬならあのドグサレの頸動脈に噛みつきながらあの世に逝ったるわっ!」


「ウチら舐めとったらブチ殺すぞコラっ! ナマスに刻んだれコラっ!」


「姉アネさんっ! 闘争の許可をっ!」


「いてもうたらんかいっ! ボッコボコにドツキ回したらんかいっ!」


 あ、どうやらスイッチ入ったっぽい。

 どんだけニンジン大事なんだよ。

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