第13話 冒険王の憂鬱

 結論から言うと、翌朝――俺の泊っている宿に三人は無傷で帰ってきた。



 話を聞くと、地図を塗り替えるレベルの地形破壊が行われたらしいが……。

 っていうか、あの後にギルド員に聞いたがマルクスさんってのは本当にヤバいレベルの冒険者らしいんだよな。


 残りの二人もクソ強いし、まあ順当というところだろう。

 ちなみに、エビルサイクロプスの死体は……驚くことに金貨五万枚という話だ。

 まあ、賽銭箱を通すと日本円で五万円なので……。


 っていっても、五万ってのは大金か。


 良し、帰ったらそこそこレベルの赤ワインを取り寄せよう。ソーニャもマリアも実は酒がイケる口ってのは聞いてるしな。

 そんなことを考えていると、マルクスさんが俺に宿の中庭に出るように促した。


「え? 庭に? 何でですか?」


「良いから出ろ」


 そうして俺たちは庭に出る。

 で、落ち葉が舞う宿の中庭で、マルクスさんは俺に真剣な眼差しを向けた。


「武器を構えろ」


 武器? 何だかよくわからんが……。とりあえず、俺は武器っぽいのはクワしかもっていない。

 言われた通り、俺はクワを構えてみる。


 一瞬だけマルクスさんは目を大きく見開いて――そして、しばらくの間、苦虫を噛み潰したような表情を作った。


 そうして、最終的には優しい気な微笑を浮かべて、俺の肩をポンと叩いた。


「どうやら本当だったようだな」


「……本当?」


「マリアを任せた。アレはああ見えて……繊細な女だ。大切に扱ってやってくれ」


 何言ってんだこの人?


「どういうことでしょうか?」


「こちらの話だから気にしないでくれ。あと、困ったことがあれば俺を訪ねてこい」


 名刺を差し出されので、とりあえず両手で受け取っておく。

 何だかよくわからんが、悪い人では無さそうだ。


「それじゃあこれからタツヤとマリアと一緒にお買い物なんですー♪」


 ――と、そんなこんなで街へと買い物に繰り出して、昨日の買取代金を受け取った俺達は森の中の家へと帰ったのだった。


 ちなみに、サイクロプスの買取代金はマルクスさんが後日に代表で受け取るくれるらしく、その後に取りに来いということだった。




 サイド:マルクス



 ギルドから出た俺達は、帰らずの大森林を探索した。

 そして、エビルサイクロプスはすぐに見つかった。

 なんせ、体長五十メートルのクソでかい図体だからな。

 で、まあ、俺一人で勝率五分五分の相手に、こちらが三人で戦う訳だからそりゃあ簡単に決着は着いた。


 圧勝だった。

 っていうか、手乗りウサギの女王が反則級だったな。

 あと、一番驚いたのは、マリアが俺と一緒に冒険者をやっていた頃よりも遥かに強くなっていたことだろうか。


 そうして、その日の夜は野営してから帰るということになり、手乗りウサギは持参したニンジンを食べおえると早々に寝床に入った。


 焚き木の火を眺めながら、俺はマリアに尋ねた。


「マリア。魔界はどうなった?」


「結局は人間界に出戻り……ですわね」


「あの時もお前は魔界の政争に巻き込まれて、子供ながらに一人で人間界に落ち延びてきたんだったか」


「貴方の冒険者パーティーに拾われなければ……私の命はあそこで終わっていましたね。戦い方もあそこで教わりましたし」


「最初は雑用事を任せるだけのつもりだったんだがな。お前の才能が凄すぎて、俺は格闘術を……大魔導士のジジイは魔法を喜んで教えたもんさ。この子は本当に人間か? って、最初は思ったもんだ」


「まあ、魔界の公爵家……ですからね。血筋的に戦闘の才はあるのでしょう。それにしても、あなた達と過ごした十五年……悪くはありませんでしたわ」


「――で、魔界に帰ってからのこの五年間は辛い目にあったんだな」


 コクリとマリアは頷いて、涙目を作った。

 そうして、子供の時のマリアにそうしてやったように、優しく頭を撫でてやった。


「なあ、マリア?」


「何でございましょうか?」


「良い女になったな」


 素直にそう思う。

 この子は子供の時から現実離れした美しさ――まあ、淫魔サキュバスなんだから当たり前だが――を備えていた。

 そしてこの子を拾ったあの時、パーティーの誰しもがそう思った通りに……本当に色香沸き立つ良い女に育った。


「お世辞でも嬉しいですわ」


 クスリとマリアが笑い、俺はペコリと頭を下げた。


「すまねえ」


「何故に謝るのでしょうか?」


「……一人で魔界に帰しちまった。みんなの色んな意見や考えもあったが、最終的にお前に帰るように言ったのは俺でそれでお前は辛い目にあった」

「相変わらず……ですわね。でもねマルクス様。私はもう子供ではありません。五年前のあの時に帰ると言う決断を最終的にしたのは私ですし、そのことについて悔いやむことはないのですよ」


「……いや、しかしな……保護者としては……」


 そこでマリアが心底嬉しそうに笑った。


「もうマルクス様は私の保護者ではありませんわ。いや、お気持ちは本当に嬉しいのですけれど」


 まあ、こいつも二十代後半だもんな。

 俺がこいつを拾った十才に満たないころとは違う。

 そうだよな、俺はもうこいつの保護者じゃないんだよな。

 だったら――あの時に言えなかった言葉を……今……。


「なあ、マリア? もしも魔界を追放されて行く当てがないのなら俺のところに来ないか?」


「また……冒険者でパーティーをお作りになられるのでしょうか?」


「いや、俺はもう切った張ったの世界で生きていくつもりはないさ」


「では、どうして?」


「――子供が欲しい。俺も……六十手前だ。お前も良い女になった……いや、実を言うと俺はお前を義理の娘のようなもの……という認識から、いつの間にか女として見ていた。一緒に暮らさないか?」


 そこで一瞬マリアは呆けた表情を作る。


「実を言うと、私もいつしかマルクス様を父代わりのような御方ではなく――男として見ておりました」


「だったら――」


 そこでマリアはフルフルと首を左右に振った。


「私を魔界に帰すという話になったときに……今のお言葉を聞きたかったですわね。そうすれば前向きな検討もできたでしょうに」


「どういうことだ?」


「――私が以前よりも遥かに強くなった理由……気になりますよね?」


 そりゃあ気になる。

 五年も経過しているとはいえ、以前は俺と同じくらいだったのが倍近くになってる訳だからな。


「サキュバスは生命の営みから魔力を得ます。性欲は旺盛ですが――身持ちは固いのです。一度……夜の営みを行ってしまうと、始めての人の魔力に染められてしまうと言う性質上……一生寄り添い遂げなければなりません」


「お前……まさか……?」


「――ええ、私は染められたのですよ。あの人を一目見た時に本能的に分かりました。この人から魔力を私は授かるべき……だと」


「どんな……男なんだ?」


「冒険者ギルドでマルクス様もお会いしているはずですよ」


 あの冴えない兄ちゃんのことなのか?

 おいおいマジかよ……と思いながら俺はマリアに尋ねた。


「……強いのか?」


「サキュバスは本能的に強者の魔力を得ようとします。故に、私は……昔はマルクス様に惹かれた時期もあったのでしょうね。そしてソーニャ……手乗りウサギの女王も私と似たようなことを本能的に悟って、あの方のところに居を構えたのでしょう」


「……なるほどな」


 そうして俺は軽くため息をついてマリアに言った。


「試させてもらっても良いか?」


「試す?」


「ああ、女を奪い合うという意味での……男としての俺は身を引く。だが……育ての親としての俺は簡単には引けない。検分はさせてもらいたい」


 そうしてマリアは本日一番の笑顔を作ってクスクスと笑った。


「過保護なところは変わりませんね」


「ああ。そうだな。俺はお前が大好きだったんだぞ……昔は悪戯ばっかりしてたよな……マリアのクソガキが立派になったもんだ」


「ええ、私も貴方が大好きですよ――マルクスのおじちゃん」







 そして翌日。

 タツヤとか言う奴が泊っている宿の中庭。


「すまないが、立ち会ってもらえないか?」


 俺の言葉と共に、タツヤはクワを構えた。

 何故にクワ……? と思ったが、対峙した瞬間に俺はマリアの言葉の意味を理解した。



 ――勝てる気がしねえ



 いや、本当に勝てる気がしねえんだ。

 一見、隙だらけに見えるし、剣も打ち込み放題に見える。

 でも、剣士としての本能で分かる。


 ――打ち込んだ瞬間に殺される


 世界最強ランキングと言うものがあるとすれば、俺は相当に上位の方だと言う自覚はある。

 その俺をもってして……実際に戦いもせずにこの男は完敗を悟らせた。


「どうやら本当だったようだな」


「……本当?」


 この男になら、俺のマリアを預けることができる。

 そう確信できるような何かを――俺は戦士の本能にこの男は悟らせた。


「マリアを任せた。アレはああ見えて……繊細な女だ。大切に扱ってやってくれ」


 そうして、三人は帰らずの森にあるという家に帰っていった。

 別れの際に俺は三人の背中を見送って手を大きく振っていたんだが――



 ――義理の孫が楽しみだ。



 そんなことを思っている自分に気づいて、俺も年を喰ったな……と苦笑いをしたのだった。 

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