第6話 手乗りウサギという種族 その2


 ☆★☆★☆★



「はわわーっ! なんですこれっ!? とっても美味しいですーっ!」


 ニンジンとモヤシとイノシシ肉。

 焼肉のタレ炒めを頬張りながらソーニャが叫んだ。


「こんなの食べたことないですよー♪」


「うんめえですよーマジでうんめえですよー!」


「貴方が神ですかー?」


「肉・肉・ニンジン♪ 肉・ニンジン♪」


「マジでパねえっ!」


「最高なのれすよー」


「神の御業なのですよー」


 手乗りウサギ達にも好評なようだ。

 まあ、みんなが喜んでくれるならそれで良い。

 そうして俺も、焼肉のタレで炒めたイノシシ肉を食べてみる。


 ――う、うっ、うんめえーっ!


 噛むと旨味たっぷりの甘い肉汁が溢れ出して、それだけで頭がトロけそうになる。

 肉厚だが柔らかく、噛めば噛むほどに味が出てきて、そこに鼻腔に抜ける焼肉のタレの匂いがまた香ばしいんだっ!


 天にも昇りそうな気持ちになりながら、俺はモヤシにも口をつけてみる。

 シャキっとした食感が心地良く、イノシシの脂を良く吸っていてこれまた強烈に美味い。


 そしてニンジンが全体に絶妙な甘さを加えていて……いや、これは本当に美味い。

 バクバクバクと一気に平らげると、そこでソーニャが感動したように小さく頷いた。


「本当の本当に美味しいのですー。思わず三回もおかわりしちゃったですー♪」


「ああ、ここまで美味いとは俺も思わなかった」


「ふふふー? ご存知ですかー?」


「ん?」


「肉をたくさん食べるとですねー」


「……ん?」


「ウサギさんは発情しちゃうのですよー♪」


 おいおい、毎晩毎晩エグかったが、まさか今までで発情してなかったっていうのか?

 そうしてソーニャは俺の横に座り、手をギュっと握ってきて――


 ――色んな意味で、その日のおかわり回数が大変なことになったのは言うまでもない。



・狐耳の剥ぎ取り屋とサキュバスと冒険者ギルド



 翌朝。

 正直、ヘトヘトだ。

 連日のソーニャの相手で俺は色々と限界に達しかけている。

 まだ採取できていないが、ニンニクだけじゃ追いつかないということで、俺はニラと山芋を植えてみた。

 ニラで元気になる理由はニンニクと同系統の栄養素だろう。

 山芋はどうしてかは分からんが、ネバネバ系はスタミナに良いってのは良く聞く話だ。


「スキル:種創造」


 ニラは種で出てくるだろうか、イモに種ってあるのだろうか?

 そういった疑問が浮かんだが、すぐに疑問は氷解した。

 っていうか、種芋が出てきた。

 本当に便利だなこのスキル。

 猛烈な勢いでスクスクと育ってくれるし……。

 そうして俺が畑仕事に勤しんでいると――


「あんた誰?」


「あ? ウチか? ウチは狐族のアリサっちゅうもんや。冒険者をやっとってな」


 狐耳……獣人か。

 まあ、ソーニャと同じく見た目的には耳と尻尾があること以外は人間とはほとんど変わらない。 

 年齢は二十代前半ってところかな?

 身長は百五十五くらいか。で、胸はそこそこあるな。至って健康的って感じのボディだ。


「で、俺に何の用だ?」


「いや、そりゃウチも驚くで? 魔界と人界の境界の……帰らずの森で畑を作っとる人間がおるなんて……」


 どうやら、ファンタジーでお約束の魔界とやらもあるらしいな。


「しかし兄ちゃん、魔物は大丈夫なんかいな? 見たところ……匂い袋やら聖霊結界やらも使ってないみたいやし……」


 いや、魔物はたくさん出会ったけどな。

 全部、クワで一発入れてからの『ちゅどーん』で一蹴だったが


「匂い袋? 聖霊結界?」


 そうして、アリサは懐から小さな袋と、魔方陣の描かれた羊皮紙を取り出した。


「名前もズバリ匂い袋は魔物の嫌がる匂いを出すんや。で、聖霊結界は魔物が嫌がる力場を作る」


 蚊取り線香みたいなもんか?

 いや、大分違うだろうが、とにかく嫌なのを寄ってこさせないという意味では一緒なのだろう。

 俺が最初に聖職者にやってもらった魔除けみたいなもんだろうな。


「他にもウチは魔物避けグッズを一杯もっとるけど……アンタはどうやってここで生活できとるんや?」


「まあ、ちょっと色々あってな」


 馬鹿正直に『ちゅどーん』と言っても信用してくれないだろう。


「うーん……高レベルモンスターの巣窟のはずやねんけどな……」


 要領を得ないという風にアリサは小首を傾げてマジマジと俺を見つめてくる。


「で、お前こそ何なんだよ?」


「ああ、ウチは……剥ぎ取り屋や」


「剥ぎ取り屋?」


「ここ自体がダンジョンみたいなもんやねんけど、近くに更にヤバいダンジョンがあるんは知っとるやろ?」


 全然知らないが、話を合わしといた方が良いと判断したので首肯する。


「ああ」


「で、ここいらには高レベル冒険者の死体がワンサカあるっちゅうなもんで、装備を持ち帰ってギルドに届けるんや。流石にヤバいダンジョン内までは危険すぎてソロでは……よー入れんけどな」


「なるほど、それで剥ぎ取り屋か」


「そゆこと。ギルドプレートで判明した名前から遺族に遺産として装備を換金したお金を届けて、手数料として一割をもろうとる訳な」


 命の危険があるのに手数料一割か……相場は知らんが、かなり良心的な商売な気がするな。


「まあ、立ち話もアレだから……小屋でお茶でも飲んでいくか?」


「あ、そないな気使わんでもええのに」


 と、言いながらもアリサは「喉が乾いとったんやっ!」と、ニコニコ顔で小屋まで着いてきたのだった。





「へー。えらい美味いハーブ茶やな」


 ソーニャに教えてもらったハーブで、お湯で炊いたら本当に美味い。

 心が落ち着くと言うか何というか、温かい緑茶と似たような効果があるんだよな。

 ってか、話を聞くと東南に四十キロほど歩いたところに街があるらしい。

 政情が不安定で治安も悪いという話で……俺は情報をもう少し集めるまでは、一旦街行きを保留にした。

 ここでのソーニャとの生活も今のところは悪くない感じだしな。

 まあ、疲れるけど。


「ところで兄ちゃん? 本当にどうやって魔物対策を……」


 と、そこで手乗りウサギの一人が小屋に入ってきた。


「ハーブ茶飲んでるんですかー?」


 そしてピョコピョコと飛び回りながら、俺の膝を駆け上がってテーブルの上へと移動する。


「おいおい、俺のお茶を勝手に飲むなよな」


「お前のものは俺のものなんですー♪」


 どこのガキ大将なんだよ……と、苦笑してアリサに視線を送ると――


「手……手……手のっ……手乗りっ……手乗りウサっ……」


 大きく目を見開いて、大口をパクパクと開閉させている。


「どうしたんだよ?」


 椅子から立ち上がり、小刻みに震えながらアリサは二歩三歩と後ろずさる。

 そして恐る恐ると言った風に俺に尋ねてきた。


「ど、どっ……どうやって……こないなもんを……手懐けたんや?」


「餌付けって奴かな。ニンジンあげたら懐いてきてな」


「アンタ……手乗りウサギが納得するようなニンジンを……作ったんかいな?」


「ニンジン食わせたら、こんなの初めてですー……とか言ってたな」


 あんぐりと大口を開いて、アリサは信じられないモノを見るかのように、再度手乗りウサギに視線を送る。


「ひょっとしてやねんけど……デビルボア……いや、イノシシの皮とか牙とか……ここにあるんかいな?」


 手乗りウサギを受け入れてから、既にイノシシは二匹狩ってきてるからな。


「服とかに使えそうだし毛皮は残している。牙と骨は捨てようと思ってるんだけどな」


 物凄い形相を作り、アリサは言った。


「アカンっ! 絶対に捨てたらアカンっ!」


「え? どういうことなんだよ?」


「どこやねんっ! どこにあんねんっ!」


「毛皮のことか?」


 コクコクと何度もアリサは頷き、俺は倉庫へと案内した。




「ビンゴやっ!」


 何やら満足げにアリサは頷き、俺に握手を求めてきた。


「握手?」


「これ、ウチに譲ってくれっ! 毛皮も牙も骨も――全部やっ! 肝臓は天日干しにしといてもらえたら、それも買い取るさかいっ!」


「……肉以外だったら全然構わんけどさ?」


「交渉成立やなっ!」


 嬉しそうにアリサは俺の右手を両手で掴んでブンブンと振ってくる。

 そうして、握手を終えた彼女は俺に金貨の詰まった袋を手渡してきた。

 ずっしりとした重量感で五十枚くらいは入ってんじゃねーかな。

 そうして彼女は右手の指を四本立たせた。


「四日やっ! 四日待っといてくれへんかっ! それは前金で……毛皮と牙と骨をウチに先に預けてくれっ! 街で売っぱらった後の代金は手数料を差し引いて――ダッシュで持ってくるさかいっ!」


 なんだか良くわからんが、このイノシシはえらく高く売れるみたいだな。

 と、そこでソーニャが「今日の晩御飯のことなんですけどー」と言いながら倉庫に入ってきた。


 そしてアリサはソーニャを見た瞬間に――


「ク……ク……クイーンまでおるんかい……」


 そう言って、腰を抜かしてしまったのだった。

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