第3話 ウサギの獣人に股間のニンジンを食べられたった その1


 数時間ほどで十メートル四方程度の畑を耕し、俺は腰を落ち着け水筒に口をつけた。


「……腹減ったな」


 既に持ってきていた食料はほとんど尽きている。

 まあ、厳密に言うとレトルトカレーの固形ルーは最後の食料として残しているんだけどな。

 どんなに不味いものでもカレーでごまかせば何とかなるってのを聞いたこともあるし、調味料と言う意味でも最終手段だろう。

 食料探しのために、とりあえず周囲の探索はやってはいるんだが、ヘビしかいないんだよな。


「しかし、本当に腹が減った」


 そうして、本当に最後の携行食であるチョコレートを口に放り込む。

 これで頼みの綱は……いつ収穫できるか分からないモヤシとニンジンのみとなった。


「つっても、ヘビしかいねえもんな……」


 岩場でちょこちょこ見かけるヘビを思い出しながら、深くため息をついた。

 せめて食えるもんなら……と、そこで俺は「あっ……」と息を呑んだ。


 ――そういえばヘビって食えるんだよな?


 確か、ヘビ肉の味はタンパクな鳥みたいな感じ……って話だ。

 そうして俺はスマホを取り出して速攻でネット検索を始めた。


「なるほど」


 ここで今まで大量に見かけてきたヘビは多分食用だ。

 日本でシマヘビって言われているのに良く似ている。


「お次はヘビの捕まえ方だな……」


 そうして数分間俺はネットの海を泳いで「おいおいマジかよ……」と独り言ちた。 

 どうやら、ヘビは髪の毛を燃やせば集まってくるらしい。

 でも、どうして髪の毛で?

 頭の中がクエスチョンマークに満たされたが、理由を調べて疑問は氷解した。

 髪の毛を燃やす音が、ヘビ同士で交尾をする時の音にソックリらしいんだよな。

 と、まあ、そんなこんなで俺はナイフを取り出して伸び放題になっていた髪の毛の散髪を始めた。

 いや、散髪っていうかムシるのに近いかな。

 そうして、髪の毛をビニール袋に持った俺はヘビのいる岩場へと向かおうと歩き始めた。

 そして、ふと畑を見てみると――


「もう芽が出てきてる……」


 まだ半日も経過していないのに……と、俺は農業チートスキルの凄まじさを実感したのだった。


 ――ちなみに、ヘビはすんなりと二匹取れた。



 ☆★☆★☆★



 翌日の昼――。


「モヤシも食べ頃な感じだし……ヘビ鍋にしよう」


 モヤシは一日で食べごろになった。

 っていうか、栽培速度が尋常じゃなくて軽く引くレベルだ。

 それはさておき、ヘビの味は鶏肉っぽい感じなので鍋にするとそこそこイケるだろうという判断だ。

 お湯を沸かして、収穫したモヤシとヘビ肉と塩コショウをぶっこむ。

 で、水炊きにして実食してみる。

 味が薄かったのでお湯から出りだした後に再度塩コショウを振ると――そこそこイケた。

 塩コショウで食べる、鳥の水炊きみたいな感じかな。

 っていうか、モヤシが超シャキシャキしててめっちゃ美味かった。


「モヤシでここまで美味いとなってくると……ニンジンも楽しみだな」


 洞窟の中で寝袋に入りながら、他にどんな野菜を育てようかと、色々と考えているうちにその日は寝入ってしまった。



・手乗りウサギ



 で、翌日。


「ニンジンも今日からそろそろ食べごろだな」


 今日はヘビとモヤシとニンジンで鍋にしよう。

 っていうか、そろそろ塩コショウも無くなりそうだな。

 調味料が無ければ、食材を煮ても焼いても味気ないものになって食事と言うか、ただの栄養補給になっちまうんだよなァ……。

 まあ、とりあえず今は食えるだけありがたいと思うことにするか。

 そうして、俺は初の実食となるニンジンを口に入れてみる。


「あ、すげえ甘い」


 茹でたニンジンはこれまで食べたことのないような甘さで、糖度が物凄く高かった。

 上手く加工すればこれから砂糖も作れるかもしれないと思うようなレベルだ。

 で、モヤシはやっぱり物凄いシャキシャキしてて美味かった。

 と、チート野菜の美味しさに感動している時、俺の目の前に小動物が現れた。


 ――小動物……っていうか、小人だ。


 身長は成人男性が掌を広げて中指の先端から掌の一番下までの大きさくらい。

 数字で言うと十五センチ~二十センチくらいの大きさかな?

 絵本の小人とか妖精さんが着てそうな服の露出度をちょっと高くした感じで、更にウサギ耳がついている。

 腰までの銀髪に青色の瞳で、顔は西洋風でビックリするほどに整っている。 


「……すげえ……ファンタジーだ」


 今まで、魔物系とは出会ったがこれは可愛いほうのファンタジーだ。

 大正義の方のファンタジーだ。

 ああ、俺はやっぱり異世界転移したんだな……と、しみじみそんなことが頭に浮かぶ。

 と、そこで俺と小人ウサギとの目と目があった。


「わ、わ、わっ! わたっ! 私はニンジンを盗む悪いウサギさんではないですよーっ!」


 ちょこまかと手を振って首をブンブンと振っている。

 コミカルな動きで可愛らしいことこの上ないな。


「まあ、盗む気はなさそうだが……ニンジンは欲しい訳なんだよな?」


 良くぞ聞いてくださいましたとばかりにウサギは何度も大きく頷いた。


「私達は森に住まうウサギの一族なのですー。大きな人からは手乗りウサギと呼ばれてますですー♪」


「手乗りウサギ……。それで?」


「手乗りウサギは成人の際に儀式を行うですよー♪」


「儀式?」


「一人で旅に出て……巣穴に財宝をもたらすことで一人前として認められるですー♪ つまりは、立派なニンジンを里に持ち帰らなければならないですよー♪」


 なるほど。

 とりあえずニンジンはコイツ等の中では貴重な物な訳だな。

 でも、ニンジンみたいなもんを財宝と表現するってどういうことだ? と、そこまで考えて俺は「ああ……」と頷いた。

 まあ、確かに野生のニンジンなんてあんまり聞いたこともねーもんな。


「なるほど。事情は分かった。って、どうしたんだ?」


 見ると、脇に置いていたニンジンの束……さっき俺が収穫したニンジンを見て、手乗りウサギはヨダレをボトボトと垂らしていた。


「……」


「……」


 耳と尻尾をピョコピョコと動かし、手乗りウサギはニンジンを凝視している。


「はうぅ……こんな立派なの……見たことないです……」


 朝飯の残りの茹でニンジンを更に乗せて、目の前に差し置いてやる。

 スンスンと手乗りウサギは茹でニンジンの香りをかいで――ボトボトと垂らしている涎の量が増えて、それはまるで滝のごとしとなった。


「食って良いぞ」


 言葉と同時、マッハで食いついた。

 パクっと一口かじると、手乗りウサギは大きく目を見開いた。

 そして――パクパクパクっと猛烈な勢いで食べ始める。


「お、お、美味しいですーっ! こんなの初めてなのですーっ! っていうか甘ーー

ーいのですっ!」


 まあ、砂糖が作れるんじゃねーかってレベルで甘かったからな。

 俺もこのニンジンには素直に驚いた。

 と、茹でニンジンを食べ終えた手乗りウサギは、再度脇に置いてあるニンジンの束に視線を移した。


「……こんな立派なニンジンを持って帰ることができたなら……私は英雄として巣穴に凱旋できるのですのにー♪」


 物欲しそうな目で手乗りウサギはそう言った。


「持っていくか?」


「え?」


 信じられないとばかりに手乗りウサギは大きく目を見開く。


「こんな立派な財宝を……食べ残しでもないのに分けてくれるですかー?」


 どうやらこいつらの中ではニンジンはガチで希少品らしいな。


「だから、持っていくか?」


 コクコクと何度も何度も頷く手乗りウサギ。

 尻尾もフリフリしていて本当に可愛いな。

 と、そんな感じで――ツルで束ねた三本のニンジンを背負って、満面の笑みを浮かべながら巣穴へと向かっていった。



 ☆★☆★☆★



 その日の晩、俺は途方に暮れていた。


 ――いかん。ヘビが取れない。


 罠に使う髪の毛の量が少なかったのか? 

 ともかく、奴ら一匹も出てこない。

 モヤシとニンジンだけじゃ流石にいつまでもは持たんだろう。

 タンパク質が絶望的に不足しちまうぞ。


「さあ、どうするか……」 


 豆類はタンパク質が豊富って話だし、動物性タンパクは一旦保留で、早く取れる豆の栽培でも始めるか?

 と、そんなことを考えながら茹でニンジンを食べていると――


「え?」


 藪の中から手乗りウサギが十匹飛び出してきた。


「大きな人なのですよー♪」


「あれがなのですかー?」


「あれがニンジンの大きな人なのですー?」


「ニンジンなのですかー?」


「甘いニンジンなのですかー?」


 十匹の手乗りウサギ。全員が美形というか顔が一緒だ。

 と、それはさておき――俺は絶句した。


「イノシシ……だと?」


 手乗りウサギ達はワイヤーを引っ張りながらこちらに向かってきている訳だが、そのワイヤーで引きずっているものが凄かった。

 何せ、推定数十キロ……下手すれば百キロ超えてそうなイノシシ引きずってんだからな。


 っていうかコイツ等、見た目とは裏腹に力あるんだな。


「そのイノシシはなんだ?」


「お礼なのですよー♪」


「甘いニンジンのお礼なのですよー♪」


「お礼のお礼でニンジンもらうですよー?」


「そうなのですー。ニンジンもらうですよー♪」


 ああ、要は物々交換をしたいって話か。


「しかし、イノシシなんてどうやって獲ったんだよ……?」


 そこでエッヘンと薄い胸を張って手乗りウサギが胸を張った。


「私達は狩猟民族なのですよー」


 耳もピンと立っていて、本当に愛らしいなこの生き物。

 ってか、暗くて良く見えなかったが……半分くらいの手乗りウサギは小さな槍で武装していて、イノシシは滅多刺しの大惨事となっている。


「えっ? ウサギって草食性じゃねーの? ニンジン欲しがってたし……」


「ニンジンはあくまで嗜好品なのですよー。基本は肉食なのですー♪」


 なるほど、こちらの世界のウサギは雑食だったらしい。

 っていうか、肉食ウサギって響きも結構すげえな。


「と、いうことでー私達はここに住みますですからー。これからはイノシシさんとニンジンの等価交換なのですー」


 と、まあそんなこんなで同居人が一気に増えた。

 そんでもって、動物性タンパク質の問題も同時に解消したらしい。




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