第32話 神の在り方

「ステイシア、約束通り――」


「「私の座を欲するのかね、人間」」


 口調が変わる。

 ……ステイシアじゃ、ない……?


 明度を落とした碧眼は、無機質のように感情が見えなくなっていた。



 姿は彼女のままだが、中身が違う誰かと入れ替わったようだ。

 人格が変わる、なんてイリスやかなたの事例がなければ驚いていただろう。


 皮肉にもこれまでの経緯が俺の感覚を慣れさせてくれたみたいだ。

 麻痺しているとも言えたが――ともかくだ。


「人間、ね……まるで自分が人間じゃないみたいな言い方じゃないか」

「「私は……この子に力を与えた……『元』神だ」」


 ……出てきたか、発端。


 今までどこでなにをしていたのか知らないが、全部が筒抜けだった――のだろう。


 本当に神なら、造作もなさそうだ。


「勝負は俺の勝ちだ。約束だからな……その神の座、俺がもらうぞ」

「「敬意も畏怖も、ないのかね……」」


「いくら頼まれたとは言え、ステイシアに神の座を押しつけたお前に敬意なんてない。

 畏怖もしないよ……見た目はステイシアのままだしな……。

 神だからって、そう決めつけるのは失礼だろ」


 神が肩をすくめた。


「「今度は君が見せてくれるのかね、完璧な世界を」」


「完璧な世界なんて作れるかよ。生きている人間の数通りの好き嫌いがあるんだ、その全てに応えるなんて不可能だ。不満が出た時点で完璧からは遠ざかっていく。

 だから不完全でいいんだよ。

 不完全でなにが悪い? 

 潔癖症だってやむを得ず見落としてる部分はあるだろうしな。ステイシアの理想の世界を完璧に再現するなら、それこそ人間を含めて全てを排除して真っさらな大地にでもするしかない。

 ま、本末転倒だけどな」


「「君がそれを?」」


「だからしないって。俺は不完全でいいんだ。今の、じゃなくて、ステイシアが変える前の世界で満足だったんだよ。あんたが作った世界だ。

 でも、そうだな……強いて言うなら確かに些細なことで他人を攻撃することが多くなってるな、とは思ってはいたな」


 実際に攻撃するんじゃなくて、匿名で言いたい放題。

 赤の他人を簡単に陰口で攻撃できる世界になってしまっている。


 ネットが普及したからこその便利な反面、悪用する人は多々いるわけだ。

 悪用ってほどじゃないけど。


 その人の使い方次第だ。

 まあ、踏ん張れる足腰がないとは言えるが……。


 本当に規制したいなら罰金でもつければいいし……、

 でも、世界を作り変えてまで抑圧しても意味がない。

 どうせ別のものに発散されるだけだ。


 いずれ、問題は代替物に置き換えられる。

 そうやってのらりくらりと抜け穴を見つけてきたのだ。


 だから、


「ステイシアやイリス、かなた……、この三人の裏面での戦いを、全世界の人間に夢として見させる……ってことは、できるよな?」


 神が頷いた。


「押しつけがましいことはしない。無視するやつはすればいいし、重く捉えたやつがいつもなら発散しているところを一歩我慢してくれればいい……それだけでいくらか減るかもな……。

 さすがに国と国の戦争なんかは難しいかもしれないけど」


「「神の力で戦争を止めることもできるが」」


「いや、それはいいや。戦争をしているからこそ世界が回ってる部分もあるだろうし。

 戦争を止めた後も、責任まで俺は負えない。なにが起きるか分からないからな」


 俺の頭じゃ細かいことはなんとも。

 元々、戦争どころかステイシアが嫌った争いでさえ止める気はないのだ。


 いじめも喧嘩もしたらいい。

 元に戻すのであって、自分好みに作り変えたいわけじゃないのだ。


「もっと絞ればさ、俺は聞きたいだけなんだよ」


 知ることのない裏面の世界。

 そこで戦う魔法少女。


 神の座につくことになった、小さな女の子の存在。


「俺たちが抱いた悪感情の後始末を、年下の女の子が人生を懸けてやってくれているこの状況を見て、まだ自分は関係ないって言って、なにも変わらないって言うなら――」


 その時は、神に言うよ。


「遠慮なく世界を白紙にしてもいいと思う。

 女の子に尻拭いをさせてる時点で最悪だ。

 それを恥じることもなく意気揚々と任せ続けることになんの抵抗もないって言うなら、こんな世界はない方がいいだろ」


 これが俺のやり方だ。


「……これが俺の、神の在り方だ」


「「任せるよ」」


 そんな軽い言葉と共に、ステイシアの全身が淡く光った。


「「見せてくれたまえ、君の世界を」」


 彼女の指先が俺を差す――そして。



 見ていなくとも実感する。


 世界が、元に戻った。

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