第30話 兄vs弟
(天条もぐら)
公園に戻ると、せいはとステイシアは移動していなかった。
良かった、あっちから俺が見えていて、俺からあっちが見えていないとなると不意打ちでもされたらひとたまりもなかった。
逆の状況なら俺にも勝機はある。
アスレチックの遊具に身を隠して二人を窺う――と、
遠目からは分からなかったが、変化があった。
せいはの格好だ。
「うおっ、かっちょいーな、これ!!」
肌に張り付くような炎の模様が入った真っ赤な全身スーツに、青いマント。
……安っぽいヒーローって感じか?
着替えたわけでないなら、変身……?
女子が魔法少女なら男子はヒーローになるってことなのか?
つまり、それはせいはがイリスやかなたと同じ力を得たことになる。
「マジかよ……あんなの鬼に金棒だろ……」
子供にナイフを持たせるようなものでもあるが。
「……わかってるよね? あまり未来の力を使いすぎると」
「分かってる。できるだけ節約ってことだろ?
というか兄ちゃん相手なら大した力を使わないだろうし、試運転にはちょうどいいさ」
生身の俺に、あいつは力を試そうとしてんのか!?
どうする……?
かなたのアドバイスに勝機を見出せたのも、せいはがあんな格好をしていないからだ。
あの姿のせいはに、もちろん運動神経がそこそこの俺が勝てるとは思えないし……。
魔法少女と同等の力を持つ今のあいつに、騙し討ちが通用するとも思えない。
やべえ……八方塞がりだ。
「よしっ、兄ちゃんがいない内に一回威力を確かめておこう」
全身スーツと一体型になっているごついグローブをはめている拳に炎が灯る。
にぎにぎと調子を確かめた後に、せいはが意図せず、
偶然、俺が隠れている方向へ向かって拳を突き出した。
瞬間、
衝撃波が遊具ごと、俺を飲み込んだ。
交通事故にでも巻き込まれたようにシーンとシーンが繋がらず、
次に目を開けた時、俺は遊具の下敷きになっていた。
抜け出そうとするが、足が挟まっていてまったく抜けない。
くそ……っ。
せいはのやつ、遠慮なくぶっ放しやがって……っ!
足を引っこ抜こうとばたばたと何十回ともがいていると、急にすぽんっ、と抜けた。
足にかかっていた荷重がなくなったのだ。
誰かが遊具を持ち上げてくれたのだろう。
かなたか……?
「こんなとこに隠れてたのか、兄ちゃん。正々堂々と正面からこいよなー」
「せいは……」
「兄ちゃんって、男と男の決闘でも不意打ちしたりするだろ? そういうとこは嫌いだ」
「嫌いでいいよ。
遊びならまだしも命が懸かった勝負で正面突破するほど俺は楽観視してないんだよ」
「ふーん。じゃあ、おれはこれを持ち上げない方がよかったって?」
せいはが手を離した。
重力に従い、重たい遊具が地面を叩く。
「あぶなっ!?」
衝撃で、地面にひびが入っていた。
……もしもまだそこに俺の足があれば、今度こそ足の骨が砕かれていただろう。
折れるのではなく、砕かれる。
想像するだけで痛い……。
地面を転がっていると、頭の上から力がかかった。
転がる俺を追ったせいはが、俺の頭の上に足の裏を置いたのだ。
上から、がっ、と踏まれ、額が地面に擦られる。
「……せいは、真剣勝負だ」
「この状態でよく言えるよなー、兄ちゃん。どういうメンタルしてんだか」
まるで土下座をしてせいはにお願いをしているような格好だが、気持ちは対等だ。
今だけは兄も弟もない。
男と男の、真剣勝負。
それこそ、せいはが言ったように、決闘と言えるだろう。
「いいけど、おれがここで兄ちゃんを潰してもいいんだけどな――勝利のメリットは?」
「世界平和に俺も協力する。お前が望む昔の俺に、戻ってやるよ」
頭の裏から感じるせいはの足の裏に、動揺が見られた。
せいはの食指が動いたということだ。
「その代わり、俺が勝てば神の座はもらうぞ」
「つまり、ステイシアを賭けて……ってこと?」
「それでお前のやる気が出るならそれでもいいよ」
一呼吸をおいて、せいはが足を上げた。
俺は軽くなった体を起こし、せいはと向き合う。
「久しぶり……かな、マジの喧嘩は」
「最近じゃお前に勝てないと知って、俺も喧嘩をしないようにしてたけどな……。
こればっかりは逃げられないよ……だから俺も、本気でやる」
せいはの口角が吊り上がる。
まるで獰猛な獣のよう。
毛を逆立てるかのように雰囲気が刺々しくなった。
「――やろう、兄ちゃん……いや、兄貴」
せいはが構える。
せいはの高ぶる感情に呼応するように、拳に宿る炎が火力を上げる。
それが一つの目安になるように――。
(宍戸ステイシア)
『揺れるなよ、ステイシア』
思えばそのセリフは、自分に言い聞かせてるようにも考えられた。
せいはが自覚していたからこそ、アタシに言ってくれたのだとしたら。
「せいは……。もぐらにまだ失望していないせいはだからこそ……気を付けて」
勝機が見えない戦いに無策で挑むバカじゃないと思う。
きっと、足下をすくうなにかが、もぐらの中にあるはずだから。
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